第12話 朝の城門

「帝国にあらがい、敗北した。国土は没収され、民はりとなった。それがアザイアだ」

 そう語るリカルドの声は、冷たい。


 でも、なぜだろう・・・。

 それは、冷酷とか冷嘲れいちょうとかいうものでは、無いような気がした。

 リカルドは帝国の皇子なのに・・・。


 昨夜の、リカルドの言葉が、ジェマの脳裏によみがえる。


『どれだけの国と民族が、帝国に呑み込まれていったか・・・お前に分かるか?』


 あれは・・・


「・・・そうだったのか。辛い事を思い出させて悪かった」

 ジェマが謝ると、シュレンはあわてて姿勢を正し、

「いっ、いえ! 余計な事を申しました。御許し下さい」

 と、深く頭を下げる。


「二人で謝ってて、変なのぉ。早く外に行こうよ、ジェマ」

 ジェマの袖を、ルークルがクイクイ引っ張った。


「ルークルが外に出たがっているから、そろそろ行こうか。シュレンも行くだろ?」

 空気を変えるように、ジェマが明るく声をかける。


「いえ、せっかくですが、私は高原に留め置いている陣へ戻りますので」

 シュレンが申し訳なさそうに言った。


「そうか・・・馬は貸せないが、弁当くらいなら用意できるぞ?」

 ジェマの申し出に、

「ありがとうございます。お気持ちだけ頂戴致します」

 シュレンは笑って首を振った。



 黄金の太陽が空に輝き、早朝の朝もやを、すっかり払っていた。

 夏の盛りとはいえ、山里の空気は涼しく、とても心地よい日和だ。


 シュレンは、城門でリカルドとジェマに挨拶をし、里の出口へと向かった。

 突然現れた帝国の兵に、門番たちは驚いて警戒したが、ジェマが一緒だったせいか、問いただす事はしなかった。


 見知らぬ兵が里の中を歩いているのを、一族の者が不審に思うといけないので、ルークルを案内役に付ける。

 ルークルの事は、一族で知らない者はいないから、一緒に居るのを見れば、余計な心配をせずに済むだろう。


「ジェマ!」

 呼び止められて振り向くと、フラムがこちらへと早足でやって来る。


 フラムはチラッとリカルドを見てから、里へと下って行くシュレンとルークルを見る。

 そして「ちょっと」と、ジェマを連れてリカルドから離れた。


「あの兵は、あいつの天幕に居た奴だな。やっぱり来たか・・・」

「リカルドの無事が分かったので、陣へ帰るそうだ」

 ジェマの返事に「ふうん」と答えて、またチラッとリカルドの方を見た。


「・・・で、お前はあいつとどこへ行くんだ?」

 ジェマはにんまりと笑って、もっと近づくようにフラムに手招きする。

 フラムは少し腰を屈めて、ジェマの顔に耳を近づけた。


兄者あにじゃ、わたしはリカルドに、一族から妃を見つけてもらうために、これから里を案内して回るのだ」

 と、フラムの耳に囁く。


「おーっ!それはいいぞ!」

 声が大きくなるフラムに、「シイッ」とジェマは口元に指を立てた。

 フラムはあわてて口を押さえると、またまたチラッとリカルドを見てから、ジェマの肩に手を回して、ポンポンと叩いた。


「いいぞジェマ。それこそ長姫たる姿だ。俺も一緒に行って手助けしたいが、これから城の修繕があるからなぁ・・・残念だなぁ・・・」

 と、言いつつ、ニヤニヤと顔をゆるませている。


「ありがとう、フラム。あとで状況を報告するから、助言が欲しい。わたしはどうも、こういった事にはうとくて・・・」

 肩をすぼませるジェマに、フラムは微笑みを向けた。

 それはさっきまでのニヤついた笑みではなく、柔らかく温かいものだった。


「お前はそれでいいんだよ、ジェマ」

 そう言って、優しくジェマの肩を撫でた。



 フラムと分かれたジェマは、リカルドと里へ向かった。

 城門から里へ続く坂道を降りる途中、

「・・・あれは誰だ?」

 と、リカルドが問う。


「あの若い男だ。ジェマの護衛だと思っていたが、ずいぶんと馴れ馴れしい」

 リカルドの声は不機嫌そうだ。


「あれはフラム。わたしの兄だ」

「兄か・・・」

 途端に声の調子が、穏やかになる。


 だが、またしばらく歩いた後で、

「・・・兄が居るのに、ジェマがおさを継ぐのか?」

 と、聞いてきた。


「兄と言っても、乳兄妹ちきょうだいだ」

「何だとっ?」

 再びリカルドの声が尖る。


「・・・あの男か? あの男の為に、妃になれないと言うのか!?」

 強い口調で問い詰められて、ジェマは目を丸くした。


To be continued.



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