第13話 早鐘

「あの男と、恋人の間柄ではないのか?」


 こいびとの・・・あいだがら・・・?


 全く思いもかけない言葉を投げかけられて、ジェマはしばし固まる。

 じわじわと言葉の意味が染みてきて、やっと脳に到達すると・・・


「ち、違う、違う! わたしとフラムは乳兄妹ちきょうだいだと言ったじゃないか!」

 ちぎれんばかりに首を振って、否定した。


「乳兄妹では、血の繋がりが無いだろう? だから・・・」

「我が一族では、乳兄妹も実の兄妹と同じなのだ」

「は・・・」

 今度はリカルドが目を丸くする。

 ジェマはふう、と息を吐いた。


「同じ乳で育った者同士は、実の兄弟姉妹と同様だとして、婚姻できない。それがヴェルテラ族の慣わしだ」


 ジェマの説明に納得したのか、リカルドの顔つきが少し和らぐ。

 だがそれでも、「・・・それでもただの慣わしじゃないか」などとブツブツと言っていた。


 ジェマは気にしないふりをして、リカルドより先に、道をどんどん歩いて行く。

 そうしながら、胸の鼓動がドキドキと、早くなっているのを感じていた。


 何だ、これは・・・?


 物語の中でしか知らない「恋人」なんて言葉を、目の前で言われたからだろうか?

 初めてフラムの事を、そんな風に言われたからだろうか?


 何だか落ち着かなくて、ジェマは空に、ルークルの姿を探した。

 シュレンに付いて行ったまま戻って来ないのが、なぜだか、もどかしかった。



「これは、長姫おさひめ様、ごきげんよろしゅう」

 城から降りる坂道を下りきったところで、声をかけられる。


 旅姿の初老の男が、丁寧に頭を下げてきた。

 城に出入りしている行商人だった。


「毎度お世話様でございます。おさ様のお具合はいかがでございましょうか?」

「うん、近頃はよろしいようだ」

「それは良うございました」

 商人は柔らかな笑顔を向ける。


 その手首に、布が巻かれているのを、ジェマが見つけた。

 うっすらと、血が滲んでいる。


「怪我をしたのか?」

 ジェマの問いに、商人は自分の手首を見て、

「ああ、大した事はございません」

 そう苦笑した。


「実は昨夜、物盗りにいまして。ああ、そやつらは、この者たちが追っ払ってくれたので、この傷ひとつで済んだのでございます」

 そう言って、商人は自分の後ろに立つ二人の男を、ジェマに紹介する。


 小柄な男は、先月から雇い入れた弟子だと言う。

 もう一人は大柄な男で、警護として雇っているのだと説明した。

 二人ともジェマに対し、地面に膝を付けて神妙に頭を下げる。


「近頃は物騒だからと、供を付けた途端の出来事でございました。下の森で襲われ、一時、この者らとはぐれてしまいましたが、里の入り口で落ち合う事ができました」

 商人は、血が滲んだ布を隠すように、袖口を引っ張った。


「城で典医てんいに診せるが良い。わたしの命だと伝えて」

「ありがとう存じます。では、ごめん下さいませ」

 再度丁寧にお辞儀をすると、商人は二人の男を伴って、城へと上がって行く。


 今朝方、木の妖精が言っていた「血の匂いがする者たち」とは、この連中だったのだろう。

 アルベはこの商人を見知ってはいるが、供の者たちは初めて里に来たようだ。

 商人の血が、供たちに付いたのかもしれないし、物盗りと一戦あったのかもしれない。


 最初は、シュレンがそうだと思っていたが・・・。

 どちらにしろ、これで心配しなくて済みそうだ。


 アルベにはああ言ったものの、外に出してくれなくなると困るから、「血の匂いのする者たち」の事は、誰にも言っていない。

 少々の罪悪感と警戒心を抱きつつ、城を出て来たのだが・・・


 あ。

 もしかして・・・それで胸がドキドキしたのか?

 悪い事はできないものだな。

 ジェマは「よし解決」と、胸を軽く叩いた。


「・・・あれは何者だ?」

 いつの間に追いついていたリカルドが、商人一行の後ろ姿を見ながら聞いてくる。


 ハッと、ジェマは商人を見た。



To be continued.

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