第38話 貴石



「角・・・とは?」

 いぶかしい顔をするシュレンを連れて、リカルドは城門から少し離れると、ここに至るまでの経緯を説明した。



「・・・そうでしたか。ヴェルテラにも、ユニコーンの角は無かったのですね・・・」

 シュレンが、沈痛な面持ちでリカルドを見る。


 リカルドは、それを受けて、

「今は、ジェマの行方が大事だ」

 と、言った。


 シュレンは驚いた顔をしたが、ひとつうなずいて、表情をひきしめる。

「殿下が陣をお離れになった後、従者が一人、カルロス殿下の陣に向かったとの報告がありました」


 リカルドは鼻で笑った。

「そいつは、ジェマが俺の天幕に侵入した時に、『殿下』と叫んだ奴だな。・・・なるほど、カルロスの手下だった訳か・・・」

「はい。どうやらその後、単独でヴェルテラに近づいていたようです。もしかしたら、この地に縁がある者かもしれません」


 シュレンの言葉を耳にしながら、リカルドは先ほどの、ジュストの話を思い出していた。

 兵役や労役を終えた後も、帝国に住み続けるヴェルテラの若い世代の話。


「・・・もし、カルロスの手下がヴェルテラ族であったなら、ジェマを知っていたんだろう。俺をさらわせて、ヴェルテラの動きを見張っていたのか・・・」


 そうつぶやいたリカルドは、シュレンのマントの肩の辺りが、モソッと動くのを見る。

 手を近づけると、さらにモソモソと動いた。

 シュレンが軽く笑う。


「風の妖精殿は、ブリッツ殿というお名前でしたか。もう大丈夫ですよ。さあ、風を呼んで飛んでお行きなさい」

 優しくうながされても、やはりマントがモソモソと動くだけだ。


「やはりそこに居るのか。俺にはマントが動くのしか見えな・・・」

 そこまで言って、リカルドはハッとする。


 見えない・・・。

 

そうだ今だって、マントが風で動いているとしか見えない。


 ここでは「俺だけ」だが、ここを出れば違う。

 ユニコーンの角と同様、妖精も伝説の中の存在でしか無い。


 そんなものと話ができる・・・だって?

 ヴェルテラ族で唯一・・・だって?


「・・・ヴェルテラの宝は、ユニコーンの角じゃ無かった・・・」


 ジェマは鹿の角を持っていた。

 それをユニコーンの角と思い違いをして、ジェマと角とを奪ったのだ。

 いや、「奪え」と命じられていたのだ。

 ヴェルテラ族であった手下が、主君であるカルロスに・・・。


 リカルドは、意を決した。


「シュレン、俺は宝を見つけた。りに行くが、付いて来てくれるか?」


 問われたシュレンは

「当然でございます」

 と、満面の笑みを返した。


 上着に忍ばせていたストールを取り出し、

「天と地と共にあれ、かしこまり感佩かんぱいせよ」

 つぶやいて、唇を押し当てる。

 そして再び、大切に胸へとしまった。


「陣に戻るぞ」

「はっ!」

 主人の命令に応じて、シュレンは連れて来た自分の馬へと急いだ。



 城門のそばでは、フラムが葦毛の馬から鞍を外そうとしいた。

「フラム、これから里をりる。その葦毛を貸してくれ」


 リカルドの頼みに、手を止めて振り返ったフラムは、

「馬は一族の財産だ。簡単には貸せないね」

 と、首を振った。


「そこを・・・」

「だから俺も連れて行け」

「・・・はあ?」

 突然の申し出に、リカルドは眉を寄せる。


「馬を横取りされたら大変だからな。絶対に付いて行く。振り切ろうったって無駄だぜ」

 フラムがニヤリと笑う。


「・・・勝手にするがいい」

 横取りされて大変なのは、馬じゃないだろう?

 リカルドはその言葉を飲み込んで、馬の手綱たづなを取った。


「お、お待ち下さい。どうか、もう少しお待ち下さい」

 はたで見ているしかなかったエッダが、あわてて口を挟んだ。


「フラム、お父さんが来るから、少し待ちなさい」

「大丈夫だよ、母さん。お客人を見送りしてくるってだけの事さ」

「は・・・見送り?」

 息子の言い様に、エッダは目を白黒させる。


「エッダ、おさに伝えてくれ。話はまだ終わっていない、と」

 葦毛にまたがったリカルドが言った。

 そして馬の首を返し、門を出る。

 それにシュレンの馬が続いた。


「あっ! 待ってろよっ!」

 フラムはそれを追わずに、厩舎きゅうしゃへと下りる階段へ駆け出した。


 残されたエッダは、おろおろと城門の方を見たり、厩舎の方を見たりするしか無かった。


To be continued.

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