第37話 風と駿馬



「うわあああああん!」


 風の妖精は泣きそうだった。

 いや、もう泣き出していた。

 帝国の兵士たちに、ぐるりと囲まれてしまったからだ。



 時間を少しさかのぼった、今朝の事である。

 風の妖精ブリッツは、高原の片隅かたすみで、一頭の馬を見つけた。


 鞍を据え、荷を背負った馬は、誰も乗せていない。

 若い葦毛あしげの馬は、うねうねと巻いた長いたてがみをしていたが、前髪は短く切り揃えている。

 これは、ヴェルテラの馬だという目印だ。


 ブリッツは、ヴェルテラの里へ向かう途中だった。

 峠にまだ帝国の皇子(カルロス)が居るのを確かめたので、今度こそ本当の本当だと、念入りに報告しなければと、意気込んでいたのだ。


 馬はどうやら迷子のようだ。

 連れて帰ってあげたら、ジェマにうんと誉めてもらえる。

 そうしたら、ルークルに自慢ができる、またとない好機チャンスだ。


「お馬さん、僕がお家へ連れてってあげるよ」

 ブリッツは、意気揚々いきようようと馬の頭に乗って、里を目指した。


 ・・・はずだった。



「どうしよう、怖いよう、どうしよう~」

 高原の中ほどで現れた帝国兵が、追いかけてきた。

 みるみると人数が増えて、馬とブリッツは、あっという間に囲まれてしまった。


 飛んで空に逃げようとしたら、(またしても)巻いたたてがみに足がからまって、飛び立てない。

 あせればあせるほどに、(またしても)どんどん絡まってしまう。


 そういているうち、「ひゅっ!」と縄が投げられて、馬の首にかかってしまった。

 ブリッツは、もう声も出ない。


 帝国兵に引かれた馬は、ブリッツが絡まったまま、幾張いくはりもの天幕が立つ場所へ連れて行かれた。


「シュレン様、迷い馬を捕らえました」

 天幕から出て来たのは、更に大きな身体の兵士だったので、ブリッツは馬の鬣の中に隠れて、ふるふると震えていた。



 その数時間後、昼のヴェルテラの城では、リカルドの客間にフラムが居た。

 二人が対峙したまさにその時、部屋の扉を叩く音が響く。


「お客様、失礼いたします」

 その声に、フラムが「母さん?」と返した。

 エッダのようである。


「御家臣の方が、里の馬を連れてお見えなのですが・・・それが長姫の馬ではないかと、おっしゃって・・・」

 エッダの言葉に、リカルドとフラムは、顔を見合わせた。



 城門に控えていたシュレンは、早足で来るリカルドに対し、威儀いぎを正す。

 そばには、鞍と荷物を載せたままの、葦毛の馬が居た。


「・・・あれは、ここのところ、ジェマがよく使っている駿馬しゅんめだ」

 リカルドに付いて来たフラムが、声を曇らせた。


 それを振り返ってから、

「ご苦労だったな、シュレン。・・・馬だけか?」

 リカルドは、シュレンに声をかける。


 シュレンはうなずいて、

「はい。高原に現れました所を、兵が捕らえました。今朝の事にございます」

 と、答えた。


「お前、なぜジェマの馬だと・・・」

「ブリッツ!」

 リカルドの問いをさえぎって、フラムが大きく声を上げる。


 ブリッツという名は、聞いた事がある。

 昨日の朝、ジェマの髪に絡まっていた、風の妖精か・・・。

 とはいえ、リカルドには妖精の姿は見えない。


「お前どうして? ジェマは? ジェマはどこだよ!」

 フラムの視線から察するに、ブリッツはシュレンの肩に居るらしい。

 シュレンは、妖精を見る事ができるのだ。


「あ・・・悪い。怒っている訳じゃないんだよ、ブリッツ」

 大声から一転、フラムがブリッツをなだめる。


「・・・この妖精殿が馬と一緒でしたので、失礼ながら荷物をあらため、長姫君が乗っておられたのではと、推察しました。兵に一帯を捜索させましたが、長姫君のお姿は確認できませんでした」

 シュレンの言葉を聞いて、フラムとエッダが、馬から下ろした荷をほどく。


「・・・間違いございません。姫様のお持ち物です」

 エッダの声に、リカルドとシュレンが顔を向けた。


「けれど、角がどこにも無い」

 荷物の中を探しながら、フラムが言った。



To be continued.

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