第36話 あいつのこと



「その皿と交換しろ」

「あぁ? 何言ってんだよ、あんた」

 唐突なリカルドの要求に、フラムはあからさまに嫌そうな顔をする。


「俺はそっちの料理が食べたい。交換しろ」

「帝国の皇子様が食える物じゃ無えよ」

「そんな事は無い。交換しろ」


 がんとして言い張るリカルドに、渋い表情を向けていたフラムだが、突き出されたご馳走ちそうを横目で見て、ゴクリとのどを鳴らした。


「・・・どうしても、って言うんなら・・・」

 と、小声で言ってから、自分の皿を差し出す。


 ほくほく顔で受け取ったリカルドは、さっそくパンにかじりつく。

 それを見て、フラムが目を丸くした。


「皇子様は、ナイフで切るんだと思った」

 差し出そうとしたナイフを引っ込めて、フラムは皿のハムを切った。


「ナイフを使う時もあるが、今は必要無いだろう?」

「そうだけどさ。皇子様がパンに齧りつくなんて、予想外だ」

「俺は育ちが悪いんでね。・・・美味いな、これ」

 言って、リカルドはぺろりと1つ平らげた。


 それを不思議そうに見ていたフラムだが、気づいたようにハムを口に入れる。

 満足げな笑みを浮かべて、こちらもどんどん食べて行く。


 だが、ぴたりとその手を止めて、

「・・・あいつ、ちゃんと飯食ってるかな・・・」

 と、つぶやいた。


 あいつとは、ジェマの事だ。

 リカルドも2つ目のパンを手に取ったまま、それを見つめる。


「・・・あんた、おさとあいつの話をしていたよな?」

 「あいつ」などと気安く呼ぶな。

 フラムに言ってやりたかったが、乳兄妹ちきょうだいでは仕方無い。

 けれど、やはり気に入らなくて、リカルドは返事をせずにパンを齧った。


「長は、あいつが次期族長となるのを、一族全員が認めているみたいに言っていたが、実際はそう簡単な事じゃない」

 言いながら、フラムは紅茶をカップに注ぐ。


「・・・あいつ、一族の者に殺されかけた事があるんだ」

「えっ・・・」

 リカルドが固い声を返した。

 フラムはうなずいて、話を続ける。


「あいつが6歳くらいだったか。城の兵器庫から、鉄製の武具が盗まれる事件があった。結局、金に困った城の衛兵の仕業しわざだったんだが・・・その兵士が、ジェマをさらって殺そうとしたんだ」


「盗んだ現場を、ジェマに見られたのか?」

 フラムが首を振る。


「いや、違う。あいつは何も見ていない。見ていたのは、妖精だ」

「妖精?」


「兵器庫から武具を持ち去る所を、妖精に見られたそうだ。その妖精が、あいつに報告したと思い込んで、犯行に及んだんだ」


「・・・妖精が報告した? 何だそれは? 妄想に捕らわれていたのか?」

 リカルドの疑問に、フラムはきょとんとした顔を見せるが、「あぁ」と声を上げた。


「ジェマは妖精と会話できるんだ。ヴェルテラ族のなかでも、あいつだけの特技だ」

 その言葉に、リカルドは目をみはる。


「俺たちは妖精が言葉を使う事も、それぞれに名前を持っている事も知らなかった。全てはあいつが、妖精から聴き取った事だ」


 ・・・知らなかった。

 確かにジェマは、妖精に馴染なじんでいるとは思ったが、それは例えば、馴らした動物と意思疎通いしそつうが図れるのと、同じような事だと思っていた。

 妖精が見えないリカルドにとって、その存在すら、まだ不確かな物であるのに、互いに言葉を交わせるという事は、驚きでしかなかった。


「・・・それを、ヴェルテラ族の誰もが知っているのか」

 つぶやくようなリカルドの言葉に、フラムはため息と共に天を仰いだ。


「そうさ。・・・だから簡単な事じゃ無いんだ。妖精はどこにでも居る。どんな善良な人間だって、愚痴や文句のひとつくらい口にするだろう? それが全部、族長の耳に届くとしたらどうだよ? それに何より、あいつはヴェルテラ族じゃ無いんだ。不幸な事に、あいつの毛色は一族としては珍しくて、嫌でも目立つし・・・」


 リカルドの心のなかで、黄金の髪の娘がはっきりと浮かびあがる。

 森で拾われて、長姫となった娘は、一族全てから歓迎されていた訳では無かった。


『わたしは、一族の為になるのならば、この命をいつでも差し出す覚悟がある。・・・でも、この里を捨てて、帝国の皇子の妃になる事はできない』


 その大いなる矛盾の理由が・・・これか。



「だから俺がまもって来たんだ、あいつの事を。子供の頃からずっと・・・」

 フラムがまっすぐな視線で見据みすえてくる。


 ・・・なるほど、ここからが本題と言う事か・・・

 リカルドも、その視線を正面から受け止めた。


 その時、再び部屋の扉が叩かれた。


To be continued.

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