第35話 給仕と皇子



 ヴェルテラの城は、昼を迎えていた。


 結局、リカルドは確たる返事をせず、あやふやのまま、おさの部屋を辞した。

 戻って来た客間の長椅子に座って、ぼんやりと外の景色を眺める。


 ジェマが、帝都へ向かったと見当が付いたなら、人が出されて、程なく連れ戻されるだろう。


 ・・・で、俺はどうする?

 ジェマが戻って来るのを、ここで待つのか?


 待って、どうする?

 ヴェルテラの里に、「ユニコーンの角」が無い事は、はっきりした。

 ならばもう、ヴェルテラ族長の娘を、妃にする必要など無い。

 ヴェルテラの里に滞在する理由が無いのだ。

 勝手に連れて来られたのだから、勝手に帰ってしまえばいい。


 なのに・・・

 なのにこのまま、ヴェルテラと、ジェマと縁が切れてしまうのを、しいと思う。


 ジェマ本人からも「妃になれない」と言われて、父親である長からも「妃に出せない」と言われている。

 もうこれ以上、何ができると言うのか・・・。


 なのに・・・

 なのに頭から離れないのは・・・

 昨夜のジェマの顔、昨夜のジェマの言葉。


『わたしを妃にすると言ったのも・・・その為か? ユニコーンの角が欲しいために・・・皇太子の座が欲しいために・・・わたしを手札とし、利用する為か?』


 リカルドは深いため息をついた。


 ふと、長椅子の背に掛かっているものが、目に留まる。

 水色のストール

 昨日、ジェマが頭に巻いてくれたもの。


『これは、生まれて初めて頭にストールを巻く時に行う儀式だ。こうする事によって、災厄から身を守れると言われている』


 ジェマの言葉に引かれるように、リカルドはストールを手に取った。


 ああ・・・そうだ。

 あの時、俺は・・・

 こう言われたような気がしたんだ・・・


「おかえりなさい、リカルド」



 ドンドンドン!


 またしても、激しく扉が叩く音が聞こえる。

 しかし今度は、リカルドが返事をする前に、部屋の扉は勝手に開けられた。

 リカルドは咄嗟とっさに、ストールを上着の内側へ入れ込んだ。


「昼飯」

 大きなトレーを抱えたフラムが、ずかずかと部屋内に入って来る。


「入室を許した覚えは無い」

「さっきからずっと叩いていたのに、何の物音もしない。中で死んでたら困るから、入った」

 フラムは悪びれずに言いながら、トレーに載った食器を、次々にテーブルへと移した。

 そして、リカルドとテーブルを挟んで座る。


「・・・何のつもりだ?用が済んだのなら出て行け」

 リカルドが眉を寄せた。

「俺も、ここで昼飯食って来いって、女官長に言われてるんで」

 フラムがさらりと答える。


「女官長?」

「俺の母親」

「・・・それは、『今朝の件を詫びて来い』と言われたんじゃないか?」

「どうだったかな」

 しれっと言ったフラムは、自分用の皿を取った。


 皿の上には、ハムやチーズや玉子などが挟まった黒パンが3切れ、無造作に積まれている。

 傍らの大きなカップには、何かのミルクが入っていた。


 かたや、リカルドの前には、ソースがかけられた分厚い焼きハムに、たっぷりの豆が添えられた皿と、別の小皿には、胡桃くるみの蜂蜜漬けとチーズ。

 かごに盛られた小ぶりのまるいパンは、白くて柔らかそうだ。

 ポットに入っているのは、立ち上る香りから紅茶だと分かる。

 2つの小さな壷にはミルクと砂糖が、それぞれ入っていた。


「お前の食事はそれだけか?」

 リカルドの問いに、フラムは目だけを上げる。

 何を聞きたいのかを察したらしく、

「あんたのは特別。お客様用だ。こっちは今日の城の昼飯」

 そんな答えが返ってきた。


「城の昼飯?」

 重ねられた質問に、フラムは、パンにかぶりつこうと開いた口で、

「城で働く者たちには、城で食事を出しているんだ。全員が同じ物を食べている。・・・あぁ、今、長は具合が悪いから、何か違う物だろうな。普段は長も奥方も、これを食べているんだ」

 そう説明する。


「・・・これは、特別に作られたものだったのか・・・」

 リカルドは、自分の前に並んだ料理を見つめた。

「あんたは『お客様』だからな」

 フラムが、「お客様」という言葉を、殊更ことさらに強調する。

 ムッと、リカルドは口を曲げた。


えろ」

 今度こそパンをかじろうとするフラムに、リカルドは自分の皿を突き出した。


To be continued.



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