第34話 こわいこと



 だれ・・・?

 だれか、おはなししているの?



『・・・おい、長姫おさひめの噂、知ってるか?』

『ああ、妖精と話す、ってやつだろ? 本当なのか?』


『本当らしいぞ。この前、上流の生簀いけすから魚を盗んだ奴が居ただろう? 長姫が見つけたんだそうだ』

『えっ? まだ3歳かそこらの子供じゃないか。生簀に一人で行けるはず無いだろう?』


『もちろんさ。場所すら知らないはずなのに、犯人を見つけたのは、妖精に聞いたと言ってるんだ。それだけじゃない、長姫は、城内の事も里の事も、逐一ちくいちよく知っていて、それは全て、妖精たちが話してくれると、言っているそうだよ』


『何もかも筒抜けか・・・それじゃあ、仕事もサボれやしないなぁ』

『まったくだ。奥方様も、とんだ子供を拾って来たもんだよ』

『まだ幼いから良いようなものの、大人になって、次のおさとなるなんて、怖い事だ』



 こわいこと・・・

 こわいことなの?

 ジェマは、こわいの?

 どうして・・・?




 クスクスと、笑う声が聞こえる・・・。

 女の子の声。

 ひそひそ話。


『・・・ねぇ見た? ジェマの織った布』

『見た見た。でこぼこで波打っちゃってたわね』


『あの子、刺繍ししゅうも下手なのよ。何度もやり直すから、生地がボロボロになっちゃうの』

『やだ笑える! 奥方様は腕の良い刺繍職人なのにねぇ』

『ほら、あの子は森の子供だから、奥方様の血は引いてないのよ』


『でもさぁ、拾ってくれたのが、長の奥方様だなんて幸運よね。手仕事ができなくても、長姫様は将来に何の不安も無いもん』

『いいわよねぇ~、機織はたおりりも家事も野良のら仕事も、なーんにもできなくても、お城で暮らして行けるんだからねぇ』


『シイッ! 妖精に聞かれたら、全部ジェマに知られちゃうわよ。気をつけないと』

『そうだった。ああ~怖い、怖い』

『あははは、やだぁ・・・』



 ・・・知っていたよ、わたし。


 妖精たちから聞かなくても、知っていたよ。


 仕方無いよね、本当の事だもの。

 わたしは、機織はたおりも刺繍もすごく下手で。

 母上やエッダから何度教わっても、やっぱり下手で・・・。


 ごめんね、こんな長姫で。


 わたし、頑張るから。

 わたしに出来る事で、頑張るから。


 だから・・・

 だから・・・


 許して・・・



「ジェマ!」


 呼ばれて、ジェマはハッと顔を上げた。

 同時に、夏の強い日差しのまぶしさに、目を細める。


 隊列はゆっくりと、峠を下っているようだ。

 ジェマの乗る荷馬車に、ピタリと併走へいそうする、ヴィトの馬が見える。


「ジェマ、大丈夫?」

 抱えている鳥籠から、ルークルが心配そうに見上げていた。

「すごい、うなされてたよ」


 うなされていた・・・?

 ルークルに言われて、ジェマは額に手をあてる。

 汗で、手のひらが濡れた。

 陽射しのせいか・・・

 それとも・・・


「・・・眠ってしまったようだね。陽が暑くて、寝苦しかったみたいだ」

 そう言ってジェマは、自分の陰に鳥籠が入るよう、身体をずらした


 夢を・・・見ていたのか・・・

 あんな夢、もう見ないと思ったのに・・・

 ジェマはチラリと、馬上のヴィトを見た。


 「森の子供」と言われたせいだろうか?

 ヴィトは「俺と同じ」とも言っていた。

 では・・・

 彼も、また・・・


 ヴィトが視線に気づいたので、あわてて目を逸らした。

 ・・・なかなかに、さとい。


 逸らした目に、先を行く隊列の様子が見える。

 ずらりと並んだ騎兵が続いている。

 幾つかの旗が見えるところがおそらく先頭で、カルロスやアルティナもその辺りに居るのだろうが、当然、後姿は見えない。


 振り返って見ると、後ろにはもっと長い列があって、様々な荷を積んだ馬車が何台も続いていた。

 馬車のあとさきには歩兵が付いて歩いて、荷物を護っている。

 果たしてどれほどの人数が、この隊列に加わっているのか、ジェマには見当が付かない。


 帝国の皇子とは、これほどの兵を簡単に動かす事ができるのか・・・。

 高原に居るリカルドの陣は、本当に少人数だったのだと、思い知る。


『一族もろとも殲滅せんめつさせて、終わりだ』


 夕食会での、リカルドの言葉が脳裏に浮かぶ。


「・・・無知だな、わたしは・・・」


 ジェマは、深いため息をひとついた。



To be continued.

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