第39話 ヌエス村



 苦しい・・・

 とても苦しい・・・

 息ができない。

 自由に身体が動かない。


「う・・・ううっ・・・」

 ジェマは苦痛の声を漏らした。


「ジェマ、大丈夫?」

 ルークルが心配そうに、鳥籠の隙間すきまから顔を出している。


「こ・・・これは、帝国式の拘束具こうそくぐか・・・。あんなに思いっきり締め上げて、わたしの自由を奪うとは・・・」


 悔しげに唇をかみしめるジェマに、ルークルは、

「・・・でも、ジェマ。とても綺麗よ」

 と、言って、大きな鏡に振り返る。


 鏡に映ったジェマは、薄紅色のドレスを着ていた。

 ウエストをギュッと細くしぼって、裾の長いスカートは、腰からふんわりと広がった形の、帝国式のデザインだ。


 光沢のある絹地のドレスは、フリルとレースとリボンでいろどられ、とても華やかだ。

 三つ編みにしていたジェマの髪は、衣装に合わせて縦巻たてロールにして、結い上げられている。


「お姫様みたいよ、ジェマ」

 目をキラキラさせて、ルークルがめる。


「・・・『みたい』じゃ無くて姫だよ、わたしは」

 憮然ぶぜんとして、ジェマが返した。



 カルロスが率いる隊列は、ゆっくりと峠を越えて下って、ヌエス村に到着した。

 すでに陽は沈み、辺りは夕闇に包まれている。


 ヌエス村は、皇帝直轄領こうていちょっかつりょうであり、管理官が在住している。

 そのため、ひなびた山村ながら、商店や食堂、宿屋などがあって、それなりのにぎわいを見せていた。


 カルロスは兵士と共に、管理官官邸へと入った。

 捕らわれの身である、ジェマも一緒だ。


 邸内に入った途端、ジェマは女中たちが待ち構えている部屋へ押し込まれて、ルークルをたてにされ、あっと言う間にこの姿にされてしまったのだ。



 初めて着た帝国式のドレスは、きらびやかで美しいが、苦しくて重くて動きづらい。

 それに何より、自分が望んで着たものでは無い。

 ジェマは、紅を引いた唇を、思いっきりとがらせる。


「・・・ジェマぁ、似合ってるんだから、そんな顔しなくてもいじゃないの」

「良くないよ! わたしの服はどこかに持って行かれてしまったし、こんな格好じゃあ、いざという時に動けやしない」

「そう意気込んだってさぁ、ジェマ。この状態じゃあねぇ・・・」

 ルークルは、鳥籠の扉を閉ざしているくさりを、小さな手でぺしぺしと叩いた。


 鎖は、寝台ベッドを囲む天蓋幕てんがいカーテンの、柱にくくり付けられて、鍵が掛けられている。

 柱は木製だが、さすがに素手で折れるほど華奢きゃしゃでは無い。

 柱の先端から鎖を抜こうとしても、幕を通してある横木に邪魔されてしまう。

 鎖を切るか、鍵を壊すかすれば、扉が開いてルークルを外に出せるが、使えそうな道具は無い。


 何よりこのドレスじゃあ、ろくに動けやしない。

 恐らくカルロスの命令なのだろうが、こちらの動きを封じるための策であるのなら、やはりあなどれないと、ジェマは思う。


 帝国の貴婦人が、こういうドレスを着ている事は知っていた。

 このヌエス村に来た時に、こんな姿をした婦人たちを見かけた事もある。


 華やかなその姿に、あこがれなかったと言えば、嘘になるだろう。

 こんなに苦しい思いをして着ていたとは、知りもしなかったが・・・。


 もし・・・

 もし、リカルドの妃となったなら、毎日こんな格好をするのだな・・・。


 ジェマは、そう思った自分をくすりと笑った。

 ほら、やはりわたしには無理なのだよ。

 だから、あれで良かったのだ。


「それよりもさぁ、ジェマ。そろそろお茶菓子くらい出してほしいと思わない? せっかく村までりたんだから、珍しいものが良いよねぇ・・・」

 鳥籠の柵に寄りかかり、両足を放り出して座っているルークルは、緊張感のかけらも無い。


「ずいぶんのん気だな、ルークルは」

 ジェマが不満げに言うと、ルークルは「ニッ」と笑って、壁を指差した。


 壁には、照明用の蝋燭ろうそくが掛けられている。

 その炎の辺りで、こちらをうかがう小さな影に、ジェマは気づく。


 あれは、炎の妖精だ。

 妖精は目が合うと、ヒャッと蝋燭の後ろへ隠れたが、すぐにまた半分ほど顔を見せた。

 ルークルがくすくすと笑う。


「峠の森の妖精たちは、大きな隊列を怖がって隠れていたけど、ヌエス村の妖精は、それなりに人馴ひとなれしてるからね」

「話しかけても良い?」

 ジェマはルークルに、小さい声でたずねた。


「今はダメ。あの子、あたしとジェマが話してるから、驚いてるのよ。もう少ししたら、あたしが声をかけてみる」

 ルークルの話に、ジェマは何度もうなずいた。


「・・・あぁ、だからお茶菓子が来ると良いんだね。話すきっかけが作れる」

 ジェマは「ほー」と、感心する。


 妖精は、たいがい甘いお菓子が好きだから、お菓子で誘えば、近づいてくれるかもしれない。

 のん気などと誤解して悪かった。

 ルークルは、それを見越して言ったのだ。


「ううん、あたしが食べたいだけ。お腹すいたから」

 けろりと首を振られてしまって、ジェマは苦笑を返すしか無い。


 その時、部屋の扉を叩く音がして、返事をする間も無く、扉が開いた。

 入って来たのは、カルロスだった。


To be continued.

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