第5話 若輩の言い分

 その日の午後、ジェマは一族のおさ、つまり父親の部屋へ呼び出された。


「ジェマ!」

 部屋に入るなり、ジェマは母親のロザナに抱きしめられる。


「無事で良かった・・・」

 涙声をもらすロザナに、

「・・・ごめんなさい、母上」

 と、ジェマは素直に謝るしかない。


 父のジュストは、ロザナの隣で、円筒枕に痩せた身体を預けている。

 椅子を使わず、絨毯じゅうたんの敷かれた床に直接座るのは、ヴェルテラ族の伝統的な生活様式だ。


「父上も、心配かけてごめんなさい」

 ジュストは、謝る娘にゆっくりうなずいた。


「ともかく、長姫おさひめがご無事でご帰還されて、良うございました」

 壁際に座る体格の良い男が、ジェマに向けて頭を下げる。

 長の片腕として、一族を取り仕切っているガイオは、フラムの父親だ。


 フラムはというと、父親の少し後ろで、不満そうな顔をしながら座っている。

 今朝、門番に捕まってから、事の次第をあらいざらい白状させられた。

 右の頬が大きく腫れているのは、ガイオの大目玉を食らった跡だ。


「ガイオ、兄者あにじゃをあまり叱らないで。わたしが無理に連れて行ったのだから」

 フラムを庇うジェマに、

「いいえ。姫を危険な目にお合わせして、何の護衛でございましょうや」

 ガイオはきっぱりと言い切って、厳しい目つきを息子に向けた。


「ジェマ、自分が何をしたのか、分かっているね?」

 父ジュストが、静かに問う。

 ジェマは母のそばから離れて、父の前にきちんと座った。


「父上、いえ、長。わたしの起こした事が罪であるのなら、それはわたし一人が負うもの。その覚悟はできております」

 一点の曇り無く、ジェマは心のままを族長へ告げた。

 だがジュストとガイオは、渋い顔を見合わせる。


「・・・自国の皇子を取り戻しに、帝国軍が兵を挙げたなら、この里など消えてしまうだろう・・・」

 ジュストはジェマの顔を見て、静かに話し出した。

「まずは私が長として、皇子殿下にお目にかからねばなるまい。お詫びを尽くした後、しかるべき手段を講じて、帝国にお帰り願うようにする」


「父上、なぜ?!」

 思ってもみなかった父の対応に、ジェマは驚きの声を上げる。


「ジェマ、お前が相当の覚悟で起こした事なのは、よく分かっているよ。一族の行く末を考えての事なのも。けれど、これはそんなに簡単な問題では無い。娘一人の首を差し出したところで、済む話では無いのだ」

 詰め寄ろうとする娘に、ジュストは穏やかに言い聞かせた。


 だがジェマは、何度も首を振る。

「やってみなければ分からない! 皇帝に掛け合いもせずに、なぜ終わらせようとするの? せめてこの結果、相手がどう動くのかを見極めてからでも遅くは無いでしょう? わたしは、手段こそ非礼であったが、やった事が間違いとは思っていない!」


 簡単な問題では無いからこそ、命を懸けたのだ。

 詫びて帰ってもらうくらいなら、さらって来たりはしない。

 この覚悟を・・・この想いを理解してもらえない。

 なのに、「分かっているよ」と、優しく言われるのが・・・たまらない。


「・・・ジェマは非道と知って、人攫いをしたんです」

 ぽつりとフラムが言う。


「フラム! 差し出口をするな!」

 ガイオが叱り飛ばした。

 だが、フラムはひるまない。


「そうやって、穏便に済ませようとばかりしてるから、何も変わらないんじゃないか。親父たちが弱腰だから、帝国に舐められるんだ!」

「何・・・だとっ!」

 ガイオの手が、反射的にフラムの襟首を掴み上げた。

 息子に弱腰などと言われたのが、我慢ならなかったのだろう。


「お、俺だって寸前まで迷っていたさ。少ないとはいえ、皇子を護衛する帝国の兵たちだぞ! けれどジェマはやってのけた。あの瞬間、俺たちは間違いなく、一族のために命を懸けたんだ! それを無かった事にされてたまるかよっ!」


 父親に激しい怒気を向けられ、首を締め上げられても、フラムは一気に言葉を吐き出した。


「フラム・・・」

 ジェマは胸が熱くなる。

 分かっていてくれたんだ、フラムは。

 同じ心で、戦ってくれたんだ・・・。


 フラムを掴んでいるガイオの手が、小刻みに震えた。

 けれど、その手は緩まない。

 締め上げられた手首を掴んで、辛うじて呼吸を確保しているフラムも、父を睨みつけて引かない。


 緊迫した空気のなか、

「失礼致します、長」

 と、女の声がかかった。


To be continued.




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