第6話 虜囚と賓客

 現れたのは、城の奥向きを取り仕切っている、エッダである。

 エッダはジェマの乳母であり、フラムの母親であった。


 エッダは部屋に入るなり、自分の夫が息子の首を締め上げている様を目の当たりにして、息を呑む。

 妻の顔を見て我に返ったのか、ガイオはフラムを突き放した。

 フラムも母の前では、これ以上毒づく気にはならないらしく、大人しく元の場所へ腰を下ろす。


「エッダ、ご苦労だったね。して、皇子殿下は拝謁はいえつの御許しを下されたか?」

 ジュストが声をかける。

 すると、エッダは困ったように眉を下げて、

「それがその・・・『ご自分は姫の客人であるから、かしこまった事は必要無い』・・・と、おっしゃられまして・・・」

 そう、遠慮がちに答えた。


 部屋に居た者たちの視線が、ジェマへ集まる。

 エッダの話は続いた。


「ですので、私が『おさとしましては、帝国の皇子殿下に相応ふさわしいおもてなしを、差し上げたいのです』と申し上げたところ、『何かの勘違いだ。自分は一度も帝国の皇子だと名乗ってはいない』とのお返事で・・・」


「えっ・・・」

 ジェマは呆然とする。

 そして、リカルドとの会話を、注意深く思い出した。


 ・・・・・。

 確かに、自分から「皇子だ」とは言っていない・・・気がする。

 でも、なぜ? そんな事を、リカルドは言うのだろう?


「はっ・・・!」

 フラムが、笑うような息を吐いた。

「本人がそう言ってるんだ。だから、それで良いじゃないか」


 そのフラムの言い様に、ガイオもエッダも苦りきった顔を向けたが、声を出して叱りはしなかった。




 陽が沈み、辺りが薄闇に染まりはじめる頃、ジェマは城の広間の入り口で、リカルドを待っていた。

 夕食を共にするために。


 程無く、エッダとフラムに伴われた、リカルドが現れる。


 リカルドはジェマの姿を見やってから、

「・・・晩餐のお招きというのに、この格好では無礼であったかな?」

 と、軽く両手を広げて言った。


 リカルドは天幕から連れて来た時のまま、襟付きのシャツに、長めの上着を羽織っている。

 ただ靴だけは編み上げの丈長靴ブーツでは無く、こちらで用意した室内履きを履いていた。


 対してジェマは、昼間とは違う格好をしていた。


 昼は、飾り気の無い丈の短い上着に、ゆったりとしたズボン、白いストールを被り、髪は長く編んでいた。


 だが今は、同じ型の上着でも、色とりどりの刺繍が施された華やかなものを着ている。

 そして何より、穿いているのはズボンではなく、たっぷりと緩やかなドレープの付いた、長いスカートだ。

 金の髪も結い上げて、宝玉の髪飾りを刺している。


 そのリカルドの言い様に、皮肉めいたものを感じて、ジェマは少しだけ口を曲げた。


「寒くないのなら問題無い。わたしだって、いつもの服で良かったのだが、抵抗できない筋からの圧力があって、屈服せざるを得なかった」

 不満を隠さずにそう言って、エッダへと目を向けた。

 エッダは物言いたげな顔を返すが、立場をわきまえてか、黙っている。

 そのやりとりに、リカルドが声を上げて笑った。


長姫おさひめにも苦手なものがあるのだな。・・・その姿は、姫君らしくてなかなか良いと思うが」

「そうか? この格好では早く走れないし、馬に乗るのも不便だから、わたしは苦手なんだ」

 ジェマの返事に、リカルドがまた笑う。

 エッダは額に手を当てて、「はぁ」とため息をもらし、フラムは何も言わず、リカルドを見ていた。



 絨毯が敷き詰められた、広間の中央に、ジェマとリカルドは向かい合って、腰を下ろした。


「・・・椅子もテーブルも無い」

 辺りを見渡すリカルドの声が、戸惑っている。

 すると、エッダを先頭とした女官たちが、料理の載った卓を次々に運んで来て、二人の前に並べた。


「なるほど、これがヴェルテラ式なのか・・・」

 感心するリカルドの杯に、エッダが酒を注ぐ。

 同じように、ジェマの杯も満たした。


「天の恵みと幸いが、明日もこの地にあらんことを」

 乾杯の言葉の後に、ジェマが杯に口を付ける。

 リカルドもそれにならって、ジェマに向けて杯を掲げた後、ひとくち飲んだ。


「・・・このワインは?」

山葡萄やまぶどうの酒だ。山で採れたもので作っている」

「初めて飲んだが・・・風味が良いな」

 ジェマの説明に頷きながら、リカルドは美味しそうに飲み干した。


 酒が苦手なジェマは、そっと酒杯を下げて、冷めた緑茶で口直しをする。

 そして、


「なぜ、あんな事を言ったのだ? リカルド」


 杯が進むリカルドを見て、ジェマは本題を切り出した。


To be continued.

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