第24話 不甲斐なき事



 ヴィトがルークルのはねを、背中から引き千切ろうとしていた。

 その手の動きには、一切の躊躇ちゅうちょが無い。


「やめてぇっ!!」


 ジェマが叫ぶ。

 ヴィトは動じない。


 ルークルの悲鳴が、さらに切羽詰せっぱつまる。

 ジェマは短剣を放り投げた。


「投降する」

 その言葉で、ヴィトの手が止まった。


「ジェマ、あなたの馬がいないわよ。逃げてしまったのかしら・・・」

 ジェマの短剣を拾い上げたアルティナが、辺りを見ながら言う。

 それに構わず、ジェマはヴィトを見ていた。


 この男には、妖精がちゃんと見えている。

 だから、ルークルを確実につかみ取れた。


 それだけならば、どうと言う事は無い。

 そんな者は、沢山居る。

 リカルドの部下シュレンだって、妖精を見れるのだから。


 けれど・・・

 その妖精ルークルが、人質にあたいすると知っているのは・・・


 この男は・・・

 ヴィトは、ヴェルテラ族だ。


 それは確信だった。

 だからこそ、アルティナは自分ジェマの名を知っていたのだろうから。


 けれどヴィトに問いただす事はできない。

 今はできない。

 その手の中には、まだルークルが居るのだ。


「お願いだから、その妖精を放してやってくれ。わたしはもう、抵抗しないと約束するから。この通りだ」

 ジェマはヴィトに、深く頭を下げる。


 しかし、ジェマを見下ろすヴィトの瞳は、何の感情も映さない。

 「いな」とも「だく」とも無く、ただ黙っている。


「残念だけど、その妖精を放す訳には行かないの」

 無言のヴィトの代わりに、アルティナが口を挟んだ。


「あなたが大人しくしていれば、危害は加えないと約束するわ」

 ジェマは、アルティナの言葉を耳にしながら、ヴィトの手の中のルークルを見ていた。


「ルークル・・・」

 小さく声をかけるが、返事は無い。

 翅ごと身体を握られていて、怪我をしているのかも、確かめられない。

 両腕も頭も、力無くだらりと前に垂れていて、表情も分からない。

 ただ、命があるのだけは、分かる。


「ルークル・・・」

 もう一度、呼ぶ。

 代わりに、近くの木の枝や、葉の陰から、何体かの妖精たちが顔を出した。


 これまで姿を見せなかったのは、ヴィトとアルティナがひそんでいたからだろう。

 妖精は、臆病で警戒心が強い。

 もしかしたら、こうしている今でも、どこかに兵が隠れているのかもしれない。

 悔しさと不甲斐ふがいなさに、唇を噛み締める。


 ジェマは、ただ立っているのが、精一杯だった。



 山のなだらかな斜面に、沢山の天幕が張られている。

 馬も兵も多く、ともすれば傾斜を滑り落ちてしまうのではないかと、思える程だ。

 その中の、やや広めの平らな場所に、一番立派な天幕があった。


 その天幕の真ん中に、ジェマは座らされていた。

 近くにはヴィトが控えている。

 ヴィトの手には、鳥籠とりかごがあって、中でルークルが横たわっていた。

 目に見える怪我が無いのは幸いだが、ルークルは力無く横になったまま、動かない。


 天幕の中は、まるで普通の建物の部屋のようだった。

 毛足の長い、ふかふかの絨毯じゅうたんが敷き詰められ、柱の木材には飾り彫りがほどこされている。

 内側に張られた幕は、光沢のある絹の織物で、端には金の房飾りが並んでいた。


 ジェマの前には壇があって、敷き物が掛けられている。

 その上には、小机と、豪奢ごうしゃな椅子がひとつ置いてあった。

 椅子の背もたれは長く大きく、見事な彫刻で飾られていた。


 リカルドの天幕に入った時も、立派な部屋のようだと思ったが、ここはそれを、はるかに上回っていた。



 森の中で捕らわれてから、ここに連れて来られるまでの間、アルティナもヴィトも、何も語らなかった。

 けれどジェマは、この天幕の主が何者であるか、予想はついていた。

 ジェマの目の前、豪華な椅子の後ろに掲げられているのは、帝国の旗だ。


 天幕の布が揺れて、果たしてその人物が現れた。



To be continued.


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