第23話 非情の手



 後ろに跳び退いて、桶を避けた所に、鋭い剣先が迫る。


 キンッ!!


 甲高かんだかい金属音が、静かな森に響く。

 ジェマの短剣が、凶刃きょうじんを弾いていた。


 馬がいなないて、棹立さおだちになる。

「な、何?」

 背中で寝ていたルークルが、あわてて飛び立った。


「あらまあ、なかなかやるじゃないの、ヴェルテラのジェマ姫」

 女は細身の剣を構えて、柔らかく笑った。


 その表情とは裏腹に、その身にはすきが無い。

 しかも、こちらの名まで知っている。

 ジェマは、動揺する気持ちを落ち着かせるように、ひとつ深く息を吐いた。


「私はアルティナよ。よろしくね、ジェマ」

 ニコッと微笑む顔めがけて、ジェマは短剣を繰り出した。


 名乗ったとはいえ、どこの誰であるかは分からない。

 もちろん、こんな事をする目的も。

 ならば早めに、この場を退散した方が良いと、ジェマは判断する。


 だが、アルティナはジェマの剣先をぎ払って、鋭い突きを放った。

 身体をかがめてかわし、ジェマは低い姿勢から、相手の懐に飛び込む。

 それを待っていたように、上からアルティナの剣が突き下ろされた。

 咄嗟とっさに左手を付いて、地面に転がって避ける。


 身体を起こしながら、ジェマは目前の女剣士を見上げた。

 アルティナは息ひとつ乱さずに、口元に笑みさえ浮かべている。


 押されていた。

 ジェマの手にじっとりと汗がにじむ。


 これまでジェマが相手にしてきたのは、森や一族の里で悪さをする、盗賊や悪漢たちばかりで、どちらかといえば屈強な男たちだった。

 男たちは、こちらが妙齢の女であると、その腕前をあなどり、もてあそぼうとする。

 ジェマは、そこにできる隙を見逃さず、時には増長させて油断を誘い、相手を制するという技術を習得して、実践じっせんして来た。


 ところが、女同士では、その隙も油断も生まれない。

 初めて同性と剣を交えて、ジェマはそれを思い知る。


 早めの退散どころの、話では無い。

 無傷でこの森を出られるか、否かだ。


「ジェマ! 閃光弾せんこうだん行くよっ!」


 ルークルが、ジェマの前に飛んで来て、加勢に入った。

 両手両足を大きくのばした真ん中に、光の弾ができる。


 その時、


「ひっ!」


 ルークルの短い悲鳴が上がった。


 ジェマは信じられない光景に、息を呑む。

 突如として現れた手に、ルークルの身体がつかみ取られていた。


「ルークルッ!」

 ジェマはその手ごと斬りおとす勢いで、短剣を切り上げた。

 だが、剣先は空を切る。


 手の主は、男だった。

 痩せたその男を、ジェマは見た事がある。


 リカルドの天幕に入った時に、付いていた従者だ。

 この男が「殿下」と言ったので、そこに居た若者が皇子リカルドだと分かったのだから。


「捕まえたの? ヴィト」

 アルティナが男に聞いた。

「はい」

 ヴィトと呼ばれた男が、答える。


「投降してちょうだい、ジェマ。あなたの大事な妖精さんでしょ?」

 言いながらアルティナは、背中に隠していたさやを取り出して、剣を納めた。


 その隙を見逃さず、ジェマは素早くアルティナに斬りかかった。

 アルティナを捕らえれば、ルークルとの交換を迫れる。

 捕らえる事ができなくても、ヴィトが援護に入った時に、奪い返す隙が生まれるかもしれない。

 そう考えた。


 アルティナが鞘で、ジェマの短剣を受ける。

 剣を抜く暇を与えず、二撃目を出した時、


「うわぁぁぁっ!」


 ルークルの悲鳴が、ジェマの耳を貫いた。



To be continued.

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