第41話 妖精とチョコレート



「カ、カルロス殿下っ!」

 イリサールの悲鳴のような声が響き、ヴィトの目の色が変わった。


 ヴィトが、部屋へと跳び込む。

 ジェマは咄嗟とっさに、カルロスの首に掛かった鎖から手を離し、素早く後ろへと退しりぞいた。

 ドレスの裾に足を取られて、床に転ぶ。

 そうしながらも、床を這いずるようにして、ヴィトから距離を取った。


 ヴィトはカルロスの身体を起こして、すぐに気を入れる。

 ハッと目を開けたカルロスは、ゲホゲホと咳き込みながら、

「あっ、あれがっ・・・あやつがっ・・・!」

 と、ジェマを指差した。


 ヴィトから殺気が立ち上り、床にうずくまったジェマを射抜く。

 やはり油断ならない。

 ジェマは目の端で、テーブルの上の鳥籠を見た。


「やめなさい、ヴィト」

 アルティナの一声で、ヴィトの殺気がスッと引く。


「それよりも、このお馬鹿さんを連れて行ってちょうだい」

「バ、バカだとぉっ? 無礼だぞっ、アルティナ!」

「無礼はあなたでしょ、カルロス! こんな夜に、呼ばれてもいない女の子の部屋に入る男なんて、お馬鹿以外の何だっていうのよっ!」


 アルティナにビシッ! と言われて、カルロスは言葉が無い。

 ヴィトの肩に支えられて、すごすごと部屋を出て行く。

 その後を、あたふたとイリサールが付き従った。



 男たちが出て行ってしまうと、アルティナは開けっ放しだった扉を閉め、ジェマへと近づいた。


「大丈夫? 何かされたの?」

 心配そうに問われて、ジェマはぶんぶんと首を振った。

「そう、良かったわ」

 アルティナが、ホッとした顔を返す。

 どうやらアルティナは、ジェマがカルロスに抵抗して、気絶おとしたと思っているようだ。


 ・・・何かしようとしていたのか、彼は?

 ジェマは首をかしげる。


「お茶しようと思って来たら、お馬鹿さんが床に転がってて、びっくりしたわ」

 言いながらアルティナは、イリサールが床に置きっぱなしにして行った茶器を、テーブルに運んだ。

 そして、テーブルに置かれた鳥籠を、じぃーっと見つめる。


「ここに妖精ちゃんが居るのよね? 子供の頃に読んだ本に、『妖精はお菓子が好き』って書いてあったのよ。あげてみても良いかしら?」

 わくわくした顔付きで、アルティナが言った。

 だが、鳥籠の中のルークルは、「むうっ」と口を曲げる。


「あんたからなんか、何にももらってやらないわよ」

 悪態をついて、ぷいっと横を向いてしまった。

 どうやら、鍵を手に入れるのを、「アルティナに邪魔された」と思っているらしく、かなりご機嫌ななめだ。


 けれど、アルティナには、そんな態度も見えなければ、声も聞こえない。

 陶製の菓子器のふたを開けて、

「チョコレートだけど、妖精ちゃん好きかしら?」

 と、鳥籠へ向けて中を見せた。


「あ、アルティナ・・・すまないが、ルークルは・・・」

 ジェマが穏便おんびんに断ろうとすると、

「チョコレート! うわぁ、こんなに大きいのもらっていいの? ひゃっほーぅ!」

 ルークルは、アルティナが差し入れた一粒のチョコレートを、嬉しそうに受け取った。


 チョコレートは、ヴェルテラではめったに食べられない、高級な菓子だ。

 ほんの時たま、帝都からの土産みやげなどで手に入ると、ジェマとルークルで少しずつ分けながら、大切に食べるお菓子なのだ。


 ・・・だからと言って、それは無いよ。

 ジェマとしては「えー」という感じだが、ルークルはお構いなしで、チョコレートを両手で抱え、思いっきり頬張ほおばっている。


「ねぇ、見て! チョコレートが浮いているわ!」

 アルティナは目を真ん丸くして、興奮した声を上げた。

 妖精が見えないアルティナには、そういう風に見えているらしい。


「本当にこの中に、妖精ちゃんが居るのねぇ・・・」

 ほう・・・と、感心のため息をつくと、

「私たちもお茶にしましょうか」

 アルティナは、にっこりとジェマに笑いかけた。


To be continued.

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