第42話 お茶会



 温かい紅茶がカップに注がれると、華やかな香りが立ち上る。

 ジェマは、お茶をれるアルティナを見つめた。


 昼間、天幕に居た時と同じ、剣士姿をしている。

 一見、帝国軍の軍服のようだが、意匠デザインが少し違っていた。

 色も違うし、襟章も肩章も無い。


 すっきりとまとめ上げた褐色の髪に、耳には小さな翠玉エメラルドを下げ、唇には薄く紅をいている。

 簡素シンプルでありながら、凛々しく美しい。


 カルロスの護衛兵だと思っていたのだが、それにしては、態度が気安いと言うか、随分とくだけている。

 カルロスより年上であるのだろうが、それにしても・・・


 そこまで考えて、ジェマはハッと気づく。

 もしかして・・・


「アルティナは、カルロスのお妃なのか!?」

 思わずジェマは、テーブルに身を乗り出した。


「やめて。私にも選ぶ権利があるわ」

 アルティナは、真顔できっぱりと否定する。


「あ・・・そ、そうですか・・・」

 曖昧あいまいに笑ったジェマは、ストンと椅子に腰を落とした。


 それを見て、「ふふっ」と笑ったアルティナは、紅茶の入ったカップを、ジェマに差し出した。


「私はね、カルロスのお母様の親族なのよ。カルロスがまだちっちゃい子供だった頃に、遊び相手として後宮に上がったの。・・・それからの長い付き合いなのよ」


 アルティナの話を聞きながら、ジェマは紅茶を口に運ぶ。

「・・・美味しい」

 思わずこぼれた素直な感想に、アルティナは鮮やかな笑顔を向ける。

「そう、良かったわ。チョコレートもどうぞ」


 チョコレート・・・

 ジェマは横目で、鳥籠の中を見た。


 ルークルは、身体の割には大きな粒を抱えて、口の周りも両手もチョコレートまみれだ。

 それも気にならないほど、夢中でかじりついている。

 ふと、壁の蝋燭ろうそくに目を移すと、炎の妖精が、うらやましげにそれをながめていた。


「ごめんなさいね」

 ハッと、ジェマはアルティナを見る。


 何で?

 何で、ごめんなさい?

 ジェマが不思議そうな顔に、アルティナは苦笑を浮かべた。


「あの子、普段はもう少し紳士と言うか・・・。あれで女の子にモテるのよ。頭の中身はさておき、顔だけは良いからね。だから、扱いを心得ているはずなのに・・・」


 あの子、とはカルロスの事か。

 確かに顔立ちは整っているから、娘たちに好かれそうではある・・・言われ方は散々さんざんだが。


「帝国の皇子たちは、相手に困っているから、誰彼とも無く求婚しているのかと思った・・・」

 ポツリとつぶやいたジェマの言葉に、アルティナは目を丸くするが、すぐにはじけるように笑った。


「そ、そうだったの・・・いやだわあの子、本当にお馬鹿さんね・・・」

 アルティナは、クックッと笑いを少し残しながら、

「・・・リカルド様からも、同じ事を言われたのね、ジェマ」

 と、言う。

 ジェマは赤くなりながらも、素直にうなずいた。


「あらあら・・・帝宮で指折りの貴公子二人に求愛されるなんて、すごいじゃないのジェマ姫」

 頬杖ほおづえをついたアルティナからニヤリと笑われて、ジェマはぶんぶんと首を振る。


「わ、わたしは、ヴェルテラのおさとなる者だ。皇子の妃にはなれないと、断った」

「あら~、もったいない。カルロスはともかく、リカルド様は優良物件なのに~」

 ゆ、優良物件・・・???

 アルティナの言った意味がつかめずに、ジェマは目をぱちくりさせる。

 帝国の上流階級で使う言葉だろうか?


 その戸惑いが顔に出ていたのか、アルティナがまたクックッと笑った。

「・・・でも、そんなあなただから、リカルド様の心を動かしたのかもね。ついでに、あのお馬鹿さんも」

「リカルドの・・・心?」


 思いも寄らない言葉だった。

 だって・・・リカルドは・・・

 ジェマは、視線をテーブルに落とした。


To be continued.

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