第43話 かれのこと



「・・・リカルドは、『ユニコーンの角』を手に入れるために、わたしに求婚したのだ。わたしは、ヴェルテラの減税を、皇帝に要求するために、リカルドを誘拐した。お互い様だと言われた。・・・その通りだ」


 ああ、言ってしまったな・・・と、ジェマは思った。

 アルティナの反応が気になって、顔をうつむかせたまま、ちらりと上目で彼女を見る。


 アルティナは笑っていた。

 さっきの、可笑しくて笑っているのとは違う。

 優しく、柔らかく微笑んでいる。


「リカルド様にとって、『ユニコーンの角』は特別で、とても大切なものなのよ・・・」

「皇后に取り入るため、だろう?」

 口調がねているのが、自分でも分かった。

「それだけじゃ無いのよ」

 そのアルティナの声が、幼い子をなだめるようで、ジェマは恥ずかしく感じる。


 いや・・・その通りだ。

 わたしは、ただの拗ねた子供なのだ・・・。


「・・・アルティナは、リカルドの事をよく知っているのか?」

 ジェマは下を向いたまま、問うた。


「世間並みにはね。リカルド様はカルロスの弟君だし、子供の頃からの知り合いではあるわ」

「カルロスが、リカルドには外戚がいせきが無いと言っていた。それは、母君の親族が誰もいないと言う事だろう?」

「そうね・・・」

 カチリと、カップを皿に戻す音が立つ。


「リカルド様の母君はね、帝国に滅ぼされた国の王女だったのよ」

 えっ・・・!

 ジェマは下を向いたまま、目を見開いた。


 帝国に滅ぼされた国の名を、ジェマはひとつだけ知っている。

 ヴェルテラと同じく、妖精の存在を知る民が居たという国。

 ジェマは、顔を上げた。


「アザイア・・・」


 ジェマが告げた国名に、アルティナは大きく頷く。

「そう、アザイアの王女だったの。・・・だからリカルド様には、外戚も後ろ盾も無いのよ。その母君も、リカルド様が子供の頃に亡くなられているわ」


「亡くなって・・・!?」

 ジェマの声が固くなる。

 アルティナはまた「ふふっ」と笑って、

「詳しい事が知りたければ、リカルド様からお聞きなさい。あなたになら、話して下さるわ、きっと」

 と、言った。


「リカルドから・・・」

 ジェマはつぶやいて、力無く首を振る。


「それは・・・無理だ。恐らくリカルドは、ヴェルテラの里に『ユニコーンの角』が無い事に気づいて、里を出て行ってしまっただろう。だからもう・・・二人で話しをする機会など、持てるはずも無い」


 ため息が漏れた。

 ああ、そうか・・・

 もう、二人で話しをしたり、歩いたり、お茶を飲んだりできないのだな・・・

 この次、もし会えたとしても、その時は帝国の皇子と属国の姫で、社交辞令を交わすぐらいしかできないのだ・・・。


「わたしが・・・ヴェルテラの為と思って行動したのと同じように、リカルドにも、リカルドの想いがあったはずだ。わたしは、自分で勝手に答えを出してしまって、リカルドの気持ちや考えを、聞こうとすらしなかった・・・」


 ジェマは目を閉じる。

 ずっと、「ヴェルテラの為」を考えて来た。

 それが正しいと疑わずに、ただただ走って来た。


 歯車がかみ合うはずも無い。

 わたしは歯車では無く、ただの車、車輪だったのだ。

 自分だけでぐるぐる回って、周りの歯車を吹き飛ばしていたのだ。


「本当にわたしは・・・物知らずで、わがままなお姫様だ」


 自嘲じちょうの笑いが漏れる。

 チョコレートから顔を上げて、ルークルが見ているのが分かった。


 その時、窓の外が、何やら騒がしくなっていた。



「・・・何かしら?」

 アルティナが立ち上がって、窓の外から下を見る。


「あらあら・・・」

 そう言うと、ジェマを振り返って、にっこりと笑った。


「お茶の続きは帝都でしましょう、ジェマ。とびっきり美味しいお茶を用意しておくわ」

 アルティナは、剣をげているベルトを、もう一度締めなおしてから、部屋を後にする。


 それを見送って、ジェマも窓へと駆け寄った。


To be continued.

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