第19話 現(うつつ)にかえる
夕方になって、ジェマはリカルドの居る客間を訪れた。
待ちかねていた様子のリカルドは、早速、ジェマを部屋に入れて、話を
東向きの部屋は、夕闇が早い。
夏の、日の長い時季であるのに、もう部屋は薄暗く、灯りが入っている。
長椅子に座るリカルドに向かい合い、ジェマも椅子に腰掛けた。
リカルドの頭には、まだ水色の
ジェマは視線を、テーブルに落とす。
そしてそのまま、詮議の場で語られた事柄を、ゆっくりと話し始めた。
「・・・悪事の誘いを受けて、断ったゆえの惨事か。護衛の者は残念だったが、あの怪我をした商人が、
聞き終えたリカルドの言葉に、ジェマも
「うん。商人は
「そうか・・・」
その処遇に納得したのか、リカルドは安心したように、ひとつ息を吐いた。
「しかし、あまりに
「あの商人には、宝物蔵の宝飾品を買い取ってもらった事もあったのだ。もちろん、蔵の外でだが。その時の話が、大きくなってしまったのだろう」
「・・・あるいは、自分で大きくしたのかもな。『宝物蔵にさえ出入りできる商人』だなんて噂は、宣伝にうってつけだ」
リカルドの話に、ジェマが軽く笑う。
山を渡る風が、さわさわと森の葉を揺らす音が、遠く聞こえた。
ああ、アルベにこの
山羊のミルクと、クッキーを持って行って・・・
窓の外に目をやりながら、ジェマはそんな事を考えていた。
「・・・それで、ジェマ。その者らは宝物蔵から何を盗むはずだったんだ?」
問われて、ジェマはリカルドを見た。
「わざわざヴェルテラの宝物蔵を狙いに来るとは、恐らく何か目的の品があったのだと思うが?」
長椅子の肘掛に身体を預けて、ゆったりと長い脚を組んでいる。
黒髪に
でも・・・
その黒い瞳に、妖精の姿は見えない・・・。
ジェマはリカルドの顔を見つめながら、
「ユニコーンの角」
と、言った。
「・・・え」
返る声が、固い。
肘掛に預けた身体を起こして、大きく開いた目で、ジェマを見る。
「伝説上の万能薬『ユニコーンの角』を求めて、帝国の皇子たちが動いている。それは、元々病弱な皇太子の病が、近年さらに重くなり、母親である皇后が『ユニコーンの角』を欲しているからだ。・・・だが皇子たちの目的は、兄を助けるためではなく、兄亡き後、次の皇太子となる事だ」
リカルドは固まったように動かず、声も出さない。
ジェマは続けた。
「その角が本物かどうか、実際に病に効くかどうかは問題ではない。皇太子のために
「・・・だから?」
「だから、ヴェルテラに目を付けた。山深い里の城ならば、そういった伝説めいた品があるかもしれない。それが確信ではなく、噂話程度で構わない。必要なのは
そこまで話して、ジェマは大きく息をついた。
「・・・それで、あ奴らは、誰の手の者かは吐いたのか?」
リカルドの声が冷たい。
氷の張った川に手を入れた時のような、刺すような冷たさ。
「第三皇子、オクタビオ」
ジェマが短く言う。
「・・・フフッ」
リカルドが鼻で笑った。
「オクタビオとはな・・・普段は
ジェマは、その冷たい声を耳にしながら、右手の甲を唇で触れる。
ただ乾いた感触だけが、そこにあった。
胸に残っていたものを押し出すように、ジェマは深く息を吐いた。
「・・・わたしを妃にすると言ったのも・・・その為か?」
と、リカルドを見据えて、問う。
「ユニコーンの角が欲しいために・・・皇太子の座が欲しいために・・・わたしを手札とし、利用する為か?」
リカルドもまた、ジェマを見据えた。
その黒い瞳に映る自分を、ジェマは鏡のように見つめていた。
「お互い様だ。お前だって、俺を利用する為に、
痛い。
ジェマは胸を押さえる。
「・・・その通りだ、リカルド。わたしはヴェルテラの税を軽くする為に、リカルドは皇太子となる為に、互いを利用するという事だな・・・よく、分かった」
ジェマは椅子から腰を上げた。
そして、リカルドに笑いかける。
「今日は災難に巻き込んでしまって、申し訳無かった。・・・思った通りだ、良い腕をしている。今度機会があったら、手合わせを願いたい」
リカルドが何かを言おうと、口を開きかける。
だが、ジェマはそれに気づかないふりをして、部屋の戸口へ向かった。
「リカルドに怪我がなくて・・・良かった」
背中を向けたまま、振り返らずに、ジェマは部屋を後にした。
その夜、ジェマはヴェルテラの里から、姿を消したのだった。
To be continued.
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