第2話 ヴェルテラ族の里

 ジェマたちが一族の里に帰り着いたのは、東の空が白みはじめ、夜明けとなる頃だった。


 帝国の皇子が陣を張っていた高原よりも、更に山の奥深く、森に囲まれたゆるやかな渓谷に、里はあった。


「・・・ヴェルテラ族の里・・・」

 背後から聞こえた声に、ジェマは振り返る。

 後ろに乗っていた帝国の皇子が、つぶやいたのだ。


 初めて口をいた。

 ここに来るまでの間、ずっと黙っていたのに・・・。

 ルークルが放った、目くらましの閃光弾にも、声ひとつ上げなかった。

 こちらのなすがまま、抵抗もせずに、一緒の馬に乗ってここまで来た。

 怖くておびえているのかと思っていたけど、どうやらそれは・・・。


「・・・そうだ。我らヴェルテラ族の里だ。これから貴方を、城へ連れて行く」

 思っていた事を胸にしまって、ジェマは必要な言葉だけを語った。


 皇子は、ちらりとジェマを見ただけで返事をせず、薄明るくなった辺りを、珍しそうに眺めている。

 ジェマはゆっくりと馬を進めた。


 陽が昇ってきたので、もう役目は終わりとばかりに、光の妖精はジェマの肩に座って、うとうとしている。

「ルークル、落ちるからここへおいで」

 ジェマが襟元を開けると、妖精はするりと入り込んで、すぐに寝息をたてはじめた。



 渓谷の上流、山を背にして、里を見下ろすように。ヴェルテラ族の城は建っていた。

 石造りの堅ろうな城は、華美な装飾は無く、質実剛健たる姿で、名実共に一族の中心であった。


長姫おさひめ! フラム! 」

 城の門番が、馬上のジェマを見るなり、駆け寄って来る。

「どこへおいででしたか、姫。おさ奥方おくがたもご心配なされてましたぞ」

 そう言った門番は、ジェマの後ろに乗った皇子を見て、いぶかしげな顔つきをした。


「・・・こちらの御仁ごじんは? 」

「わたしの客人だ」

 と、だけ答えて、ジェマは馬を止めずに門をくぐる。


 それに続こうとしたフラムの馬の前に、門番は厳しい顔で立ちはだかった。

「えっ・・・俺? ちょっ、ジェマ! 置いて行くなよぉ」

 情けない声を出す乳兄妹ちきょうだいを置いて、ジェマはどんどん城の中へと入って行く。


 夜が明けたばかりだというのに、城内は大騒ぎになった。

 さもあろう、夜中に突然いなくなった姫君が、見知らぬ若い男を連れて、帰ったのだから。

 ジェマは今年18歳の、年頃の娘なのだ。

 黙って見過ごせる事では無い。


 だが、当のジェマは、全く気にする様子も無く、悠然と城内を歩いて行く。

 若い男・・・皇子もまた、大人しくそれに従っていた。


「さあ、入ってくれ」

 東の棟にある客間に着くと、ジェマは扉を開き、皇子を招き入れる。

 部屋に入った皇子は、当然のように、長椅子の一番奥へゆったりと腰をかけた。


 東向きの部屋は、昇ったばかりの朝陽が入って、とても明るい。

 その輝く光のなかで、ジェマは初めてはっきりと、帝国の皇子を見た。


 歳の頃は、ジェマよりも幾つか上だろうか。

 自分よりも頭ひとつくらい背が高いのは、背後を捕らえた時に分かっていた。

 長い脚をゆるく組んで、均整の取れた身体を背もたれに預けている姿は、気安い様子でありながらも、品がある。

 黒だと思っていた髪は、陽に透けて褐色にきらめき、対して瞳は、つややかな黒色で、強い意思の光を放っていた。


「名を・・・教えてくれないか・・・」

 思わず、ジェマの言葉がこぼれ落ちた。


「・・・まずはそちらから名乗るのが、礼儀だろう」

 皇子が、その形の良い眉を寄せる。


「ああ、そうだな。失礼した」

 ジェマは笑ってそう返し、皇子の向かい側の椅子に座って、

「わたしはヴェルテラ族のおさの子、ジェマ」

 と、名乗った。


長姫おさひめ・・・か。なるほど」

 皇子は口元だけで笑ってから、

「俺はリカルドだ」

 と、短く応えた。


「リカルド皇子・・・か」

「リカルドで良い。ヴェルテラのジェマ姫」

「わたしもジェマと呼んでくれ、リカルド。手荒いまねをして悪かった。手向かいせずに付いて来てくれた事、感謝する」


 ジェマの言葉に、帝国の皇子リカルドは、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「俺を連れ去った目的は何だ? あんたの婿むこにでもするために、奪ったか? 」


 婿・・・・・・?


「・・・ぷふっ・・・」

 ジェマは吹きだして、声を上げて笑った。

「あははははは、そんなはず無いだろう! 面白い事を言うなぁ、リカルドは」

 その大笑いが気にさわったのか、リカルドは「ムッ」として横を向いてしまう。


「違う、違う。リカルドの身と引き換えに、帝国の皇帝に要求する事があるのだ」

「要求・・・だと? 」

 リカルドは横を向いたまま、目だけでジェマを見た。


To be continued.

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