第21話 気持ちの行く先



 立ち木がだんだん減ってきて、森の密度が薄くなる。

 そろそろ森が終わって、なだらかな高原に入る頃合だ。


 つい先日だった。

 こうやって森を下って、高原を目指したのは。

 そこに陣を張っているはずの、帝国の皇子を狙って・・・。


「・・・ジェマ、ねぇジェマ」

 ルークルに呼ばれて、ジェマはハッとなる。


「これ何? 何を抱えているの?」

 ジェマの身体に、布でしっかりとくくりつけられた荷物を、ルークルが不思議そうに見ていた。


「これはね、大切な物だよ」

「大切な物?」

 頷きながらジェマは、たすき掛けに背負っている布の結び目を、もう一度きつく締めた。


「これはとても貴重な薬なんだ。これを届けに帝都へ行くんだよ」

「誰に届けるの?」

「帝国の皇帝に」



 帝国の皇太子の病が重く、伝説の万能薬「ユニコーンの角」を探し出すべく、弟の皇子たちが動いている。

 つまりは、弟皇子の一人であるリカルドも、その為に高原まで来ていたのだ。

 ユニコーンの角が、ヴェルテラの里にあるとの噂を頼りにして。


 ジェマは思った。

 なるほど、全ての辻褄つじつまが合う、と。

 リカルドがさして抵抗もせずに捕らわれたのも、こちらがヴェルテラの者と察したからだろう、と。


 「誘拐では無い」と言ったのも・・・

 「妃にならないか」と言ったのも・・・

 全ては、ユニコーンの角を手に入れて、次の皇太子の地位を手に入れる為だったのだ。


『お互い様だ。お前だって、俺を利用する為に、さらって来たじゃないか』


 リカルドの言葉が、痛みをともなう冷たさを持って、ジェマの胸によみがえる。


 その通りだ。

 帝国の皇子の身柄と引き換えに、ヴェルテラの税を軽くしてもらおうとしたのだから。

 リカルドを利用しようとしたこの身が、「利用された」と怒るのは、筋違いだ。


 ・・・怒る?


 怒っているのか、わたしは。

 じつの無い、上辺うわべだけの求婚をされたから?


 そもそもわたしは、リカルドの妃となって、帝国で暮らす事はできない。

 わたしはヴェルテラの里で、次のおさとなり、ずっと一族を護って行く身なのだ。

 どうせ断ってしまうのだから、上辺だろうが何だろうが、構わないじゃないか。


 それなのになぜ・・・

 こんなに胸が、苦しいのだろう・・・



「ねぇジェマ、一人で来ちゃって、本当に良かったの?」

 遠慮がちなルークルの声が、ジェマの耳に届く。


「一人じゃないよ、ルークルが一緒だから」

 ジェマが答えると、ルークルはパアァッと明るい顔になって、

「そぉよねぇ、ジェマにはあたしが付いていれば、大丈夫よねぇ~。フラムなんか居なくったって、平気よねぇ~」

 と、反り返るほどに胸を張った。


 フラムの事を思うと、リカルドの時とは別の痛みが、ジェマの胸に走る。

 きっとフラムは、とてもとても心配するだろう。


 けれど、どうしても、フラムと一緒に行く気にはなれなかった。

 この前の時は、フラムが来てくれて、あんなに心強かったのに。

 なのに今夜は・・・


 どうもおかしい。

 リカルドを里に連れて来てからというもの、自分の中で、何かが変わってしまったようだ。

 たった数日の事だというのに・・・



 気が付くと、まばらとなった木々の向こうに、高原が広がっていた。

 遠くに見える灯りは、リカルドの陣だろう。


 シュレンは・・・あの、妖精を見る事ができる屈強な兵士は、もう戻っているはずだ。

 ヴェルテラの里に居る主人リカルドの帰りを、天幕で待つのだろうか・・・。


 リカルドは・・・

 リカルドはこの後、どうするのだろうか・・・。

 

 ジェマは、ひとつ大きく息を吐いた。


「ルークル! 駆けるから、こっちへおいで」

 くるりと円を描いて、ルークルが馬の頭に降りる。


「ハイッ!」

 ジェマの掛け声で、馬が駆け出した。

 広く平らな場所へ出て、馬も走りたいらしく、どんどん速度を上げて行く。

 ジェマもそれに任せて、思うさまに駆けさせる。

「きゃっほう!」

 馬の頭の上で、ルークルが小さな拳を振り上げて、はしゃいだ。


 ジェマは、少しでも遠くへ行きたかった。

 少しでも、里から離れたかった。


 リカルドから・・・離れたかった・・・。



To be continued.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る