第17話 林の攻防

「ギャアァァァァッ!!」


 突然、血を吐くような悲鳴が響き渡った。

 咄嗟に、ジェマもリカルドも離れて、身構える。

 ゆるい斜面を覆うような林の、奥の方からだ。


「た、助けっ! ひああっ!」

 その方向から、初老の男が、緩い坂に足をもつらせながら、駆け込んで来た。

 城のふもとで挨拶あいさつした商人だ。


 すぐさまジェマが駆け寄るが、その寸前で、商人は足を取られて倒れ込む。

 背中が横一線に斬られていた。


「おいっ! しっかりしろっ!」

 リカルドが商人を助け起こし、木の陰に連れて行く。

 ジェマは自分の頭にあったストールを取って、傷にあてがった。


「・・・これはこれは、長姫おさひめ様ではありませんか」

 その声に、ジェマがゆっくりと振り返る。

 商人の弟子と言っていた男が、血に濡れた剣を下げて立っていた。


「お探し申し上げておりましたよ。さぁ、私どもと一緒に来て下さい」

 商人の弟子は、仰々しいお辞儀をして見せる。


 弟子の背後には、見知らぬ大柄な男が二人ほど立っていた。

 男たちの濁った目が、真っ当では無い所業を繰り返してきたと語っている。


 この二人が、商人が昨夜出会った「物盗り」であり、木の妖精が見たという、「血の匂いがする者たち」なのだろう。

 警護の男の姿が無いが、最初に聞いた悲鳴が、恐らく・・・。


「・・・貴様、師匠を斬ったのか?」

 ジェマの問いに、弟子は甲高い笑い声で答えた。

「師匠! 確かに師匠でした! 役には立ちませんでしたがね・・・」

 後ろ二人の男も、身体を震わせて笑っている。


「ヴェルテラの城で長く宝飾を商って、族長の信頼もあついと聞いたから、ふた月も我慢して仕えたのに・・・」

 弟子はジェマを見て、ニヤリと笑う。


「ああ、でもこうして、長姫に会わせてもらえた事は、感謝しなければ・・・さぁ、姫、一緒に来て下さい」

 と、血で汚れた手を、ジェマに向けた。


「わたしをどうするつもりだ」

「どうもしません。あなた様の身柄と引き換えに、私どもが欲しい物を頂くだけです。お父上もお母上も、あなた様をそれは大切になさっているようですから・・・」

 弟子の男は薄暗い笑みを浮かべて、粘るような視線でジェマを眺める。


「卑怯者めが・・・」

 ジェマのつぶやきに、

「・・・その口が言うか」

 リカルドが冷静に指摘した。


「リカルド、すまないが一人任せていいか?」

 ジェマの小声に、リカルドは目線だけを向ける。

「すぐに済ませて、援護に行く」

 言って、ジェマは低い姿勢のまま、弟子へと飛び込んだ。


 すれ違いざま、抜き放った腰の短剣で、相手の右手を切り裂く。

「ウワァァァッ!」

 手の甲から鮮血が噴き上がり、商人の弟子の手から剣が落ちた。


 それを振り返りもせず、ジェマは弟子の後ろの男めがけて、刃を切り上げた。

「チッ!」

 物盗りの男は、咄嗟に抜いた剣で辛くも受け止める。

 すかさず、ジェマは物盗りの首を狙って、切り払う。

 それも寸前でかわされ、かしいだ体勢から、ジェマめがけて蹴りが飛ぶ。

 くるっと身体を回転ターンさせてけ、ジェマは間合いを取った。


「ケッ・・・、とんでもねぇお姫様だ」

 吐き捨てるように言って、物盗りの男は、剣を構えなおす。

 身体つきに相応しく、得物えものは大剣だ。

 ジェマも油断無く短剣を構え、敵を見据えた。


「けどよぉ、そんな得物じゃあ、威力も届く範囲も俺の剣が勝っているぜ、なぁどうする、お姫様」

 あざけりの笑みを浮かべて、物盗りの男はジェマに向かって突進する。


 頭上から振り下ろされる剣を、ジェマは短剣で受け払って、横へ逃れた。

 間髪入れず、ジェマの空いた脇の下をめがけ、剣が振り上げられる。

 腕の根元から斬られる寸前、後ろへ飛び退いて、避ける。

 それを追って突き出された剣先を、ジェマの短剣が弾いた。


「つっ・・・!」

 相手の剣を受け続け、ジェマの手に痺れが走る。

 それに気づいた物盗りの男は、縦に横に剣を振り回すようにして、繰り出してきた。


 大きく振る事で勢いがついた剣は、威力が増して、ジェマは短剣ごと弾き飛ばされそうになる。

 とうとうジェマは、両手で短剣を握っていた。

 それを見た相手が、ニタリと笑う。


「死ねっ!」

 物盗りの男は、ジェマの短剣ごと胴体をぎ払う勢いで、大きく後ろへ振りかぶった。


To be continued.








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