第15話 伝説

「はるか昔の事だ。一頭の獰猛どうもうなユニコーンが、この里に現れ、畑を荒らし、家を壊し、ヴェルテラの民に乱暴を働いていた。困り果てた民たちは、ユニコーンを鎮めて欲しいと、妖精の王に願った。王はそれを聞き入れ、その偉大な力を持ってユニコーンを捕らえ、二度と乱暴をしないと約束させたのだ。その証として、ユニコーンは自らの角を折って、去って行ったという」


 空のカップを置きもせず、リカルドは聞き入っている。

 ジェマは、遠くにそびえる山の、尖ったいただきを指差した。


「この山の頂上に、大きな岩があって、真ん中に細く深い穴が空いているんだ。ユニコーンが角を刺して折った跡だと、言われている」


「ジェマは見た事があるのか? それを」

 山頂を見やりながら、リカルドがたずねる。

 ジェマが首を振った。


「この山は険しい。頂上に登った者を、わたしは知らない」

 リカルドが呆れたように口を曲げる。

「それでは、誰がその岩を見たと言うのだ・・・」


 軽く笑ったジェマが、ベンチから腰を上げた。

「伝説だよ、おとぎ話だ。・・・さぁ、そろそろ行こうか」

 開いた窓に向けて、「ごちそうさま」と声をかけ、ジェマは歩き出した。


「・・・妖精もおとぎ話じゃないか。でも、ここには居る」

 そうポツリと言って、リカルドはジェマの後を追った。


「ジェマ、その折れたユニコーンの角は、どうなったのだ?」

 リカルドの言葉に、ジェマは足を止めて振り返った。


「・・・なぜ、そんな事を聞く?」

「なぜって・・・」

 言いづらそうな仕草をしてから、リカルドはジェマの目の前まで足を進めた。


「俺だけけ者なのは、嫌だからさ」

「え?」

 意外すぎる答えに、ジェマは首を傾げる。


「妖精が見えない俺でも、ユニコーンの角ならば見えるだろう?」

「は・・・」

 ポカンとした後、ジェマは大きく笑った。


「・・・か、可愛いなリカルド。そんな事を思っていたのか・・・」

 ひとしきり笑ってから、

「きっと見えるようになるさ、この里に居れば」

 と言って、ジェマは里の入り口の方を見る。


「・・・ルークル、戻って来ないなぁ。森まで下りたのかな?」

 あれでシュレンを気に入っているようだったから・・・と、呟いた。



「長姫、待って、長姫ーっ!」

 呼ばれて振り返ると、男の子が走って追いかけて来る。

 お茶をごちそうしてくれた家の子供だ。


「お婆ちゃんがこれを持って行けって。お父ちゃんのなんだけど、そのお兄ちゃんにって」

 そう言って、水色のストールを差し出した。


 ヴェルテラの民は、男も女も、大人も子供も、頭にストールを巻いている。

 ジェマと同じように、片側で絞って肩先に残った布を垂らすようにしている者も居れば、垂らさずに巻き込んでいたり、後ろで縛っていたりと、形は様々だ。

 それは、山の強い陽射しを避けるためでもあった。


「これは良い、使わせてもらおう」

 すぐにリカルドが返事をして、自ら受け取る。

「喜んでいたと伝えてくれ、茶も美味かった、と」

 男の子は笑顔で頷くと、手を振りながら、来た道を走って戻って行った。


 早速、近くの木陰に入って、ストールを使ってみる。


 まずは、リカルドが自分で巻いてみるが、なかなか上手くいかない。

 ジェマがクスクスと笑う。

「慣れないうちは皆そうだよ。わたしがしよう」


 リカルドは、ストールをジェマに手渡した。

 だが身長差があるので、リカルドの頭に手が届かない。

 するとリカルドが、地面に片膝を付いた。


「ああ、これならいい」

 ジェマはストールを広げて、リカルドの艶やかな黒髪に巻いて行く。

 シュルシュルと、ストールが擦れる音が、軽やかに響いた。

 黒い髪に水色のストールは、よく映える。


「・・・王冠の授与みたいだな」

 ポツリとリカルドが言った。

 ふふっ、とジェマが笑いながら、自分と同じように片側で絞る形に仕上げる。


 そして・・・

「天と地と共にあれ、かしこまり感佩かんぱいせよ」

 そう唱えたジェマは、リカルドの頭に巻かれたストールに口付けた。


 リカルドの目が、見開かれる。


「これは、生まれて初めて頭にストールを巻く時に行う儀式だ。こうする事によって、災厄から身を守れると言われている」


 ジェマが微笑んだ。

 それをリカルドが、眩しげに見上げる。


「うん、なかなか似合っているぞ、リカルド」

 ジェマが手を差し出した。

 リカルドがその手を握る。


「この俺に膝を付かせた娘は、ジェマが初めてだ」


 そして・・・

 ジェマの手に口付けをした・・・。



To be continued.

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