#3
これから交渉に入る前に、ワヒーダは二人組の男を値踏みする。
質素な服装や振る舞いからして貴族ではない。
それと先ほど一瞥したときから思っていたが、ここには強面の連中が多いせいか、明らかに委縮している。
その様子からして、どうやら聞いていた話――彼らが村人であることに嘘はないようだ。
無理をして荒くれ者たちが集うバザールにやってきたことがわかる。
もちろん怪しい仕事ではある。
名もなき村の牢番など、別に傭兵を雇うほどのことではない。
すでに檻に入っている囚人を、どうしてそこまで警戒しているのか。
さらに他者と繋がりのない人間を求めているのも不可解だった。
「すでに話が通っていると思って話させてもらうよ。あたしがワヒーダだ」
ワヒーダは二人組の男のテーブル席につくと、交渉に入ろうとし、名を名乗った。
だが、二人組の男は互いに顔を見合わせて、酷く怯えているだけだ。
これはどういうことだとワヒーダは思ったが、すぐに言い直す。
「鉄腕といえばわかる?」
「ああッ! あなたが紹介屋さんが言っていた人ですか! なるほど、その鋼鉄の腕、たしかに鉄腕だ」
二人組の男のうちの一人が、声を張り上げて答えた。
ワヒーダは先ほどの恰幅のいい紹介屋とは顔見知りで名も教えているのだが、どうやら紹介屋に名は覚えてもらってなかったようだ。
二人組の男に名前が伝わっていないのが、何よりの証拠だ。
紹介屋に呆れながら、ワヒーダは早速、二人組の男に詳しい話を聞くことにした。
「牢番をしてほしいと聞いてるけど、本当にそれだけでいいの?」
二人組の男はワヒーダに頷くと、すぐに報酬や条件の話をした。
契約期間はとりあえず一ヶ月で、その月に支払うのは金貨三十枚。
その期間の寝泊まりする場所や食事は村で用意すると。
ワヒーダはその報酬の金額に面食らう。
今朝終えた野盗から砦を取り返す仕事が、銀貨十枚と銅貨二十枚だったのだ。
金貨三十枚ということは、日で割ると一日で約金貨一枚。
それが囚人を見張るだけで、何倍もの金銭がもらえる(しかも衣食の面倒もみてくれる)。
死に物狂いで戦って手に入れる金額とほぼ同じということは、それだけ牢番の仕事は危険なのだろうか(銀貨十枚で金貨一枚と同じ価値)。
けして善意で値を上げてくれているとは思えない。
間違いなく裏がある。
気を緩めれば、どんな落とし穴があるかわかったものではない。
さらにワヒーダは、二人組の男と顔を近づけてみて思った。
どこか尻込みしている硬い表情とは裏腹に、肌艶の良さが目を引く。
小国に住んでいる人間ならばわかるが、たかが小さな集落の村人にしては血色が良すぎる。
城壁のない砂漠での暮らしは、地獄のようなものだ。
作物も育ちにくく、水すらろくに飲めない無法地帯で、どうしてこうも顔色がいいのか。
今回の仕事は、知れば知るほどキナ臭さが増していく。
「足りませんか? 弱ったな……。こちらの手持ちはこれ以上ないので……。もし納得してくれないなら別の人に頼むしか……」
「いや、引き受けるよ。いつ出発する? あたしのほうはいつでもいい」
「本当ですか! では今すぐにでも! 外にラクダを用意させますので、少しお待ちください!」
ワヒーダの答えを聞いた二人組の男は、声を張り上げて天幕を出ていった。
夜の砂漠での移動は危険なのだが、まあ護衛くらいおまけでやってやるかと、ワヒーダは渡された小袋の中身を数え始める。
そして、金貨を確認しながら考える。
どこかで自分を害するような企みがあったとしても、いざとならば実力で逃げればいい。
傭兵稼業でリスクのない仕事など探していたら、数日もしないうちに飢えて死ぬことになる。
どうせ危険ではない仕事など、七つの小国内以外にないのだ。
ならば食うためにやるしかない。
「いつまで続くのかねぇ、こんな生活……」
ワヒーダが呟くと、二人組の男が外に出る準備が整ったと声をかけてきた。
――二人組の男はそれぞれターブルとドゥッシャと名乗った。
彼らが住むハシャル村までの移動は、ターブルがラクダ、ドゥッシャがラクダの馬車の御者で、ワヒーダは荷馬車だった。
サハラーウの中央から最東部であるベナトナッシュ国付近まではかなりの距離があるが、どうやらターブルとドゥッシャは最短で移動できる安全な道を知っているらしい。
おそらく何度も行き来しているうちに見つけたのだろう。
それに二人は村人にしては、ラクダの騎乗や扱いに慣れている。
これならたしかに安全な旅路になりそうだった。
「その分、怪しさは増してく……」
思わず呟いてしまったワヒーダは、夜の砂漠に向かって
それから数日後の朝――。
ラクダも上質なものを使っていたせいか、ワヒーダの想像を遥かに上回る期間で村へと到着する。
早くても一週間はかかると思っていただけに、ワヒーダもこれには驚かされた。
しかも途中で砂漠に住む魔物とも出くわすこともなかったため、気を張っていた自分がバカらしくなっていた。
「では、お疲れのところを申し訳ないですが、仕事場へと案内させてもらいます」
ドゥッシャがワヒーダにそういうと、ターブルはラクダを走らせて村の奥へと消えていった。
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