#10

ワヒーダが白い髪の少女を牢から出す前の日――。


ハシャル村の住民たちの間で、彼女の仕事ぶりについて話がされていた。


――なあ、聞いたか? 村長の話を――。


――ああ、あの傭兵の女が“あれ”となにやらずっと話をしてるっていう。……怖いもんがないのか、あの女には――。


――これまで雇った連中のほとんどが、悪夢にうなされて逃げ出していったってのにな――。


――見た目からして普通じゃないからな、片目片腕に鋼鉄の義手なんて。化け物同士で話が合うんだろ、“あれ”とは。それで村長が言ってたことなんだが――。


――わかってるよ。一ヶ月にはまだ早いが、もう殺すしかない。村長がそう言っていることくらいわかってる。だがどうやって?――。


――ターブルとドゥッシャの話じゃかなりの手練れだって紹介されたらしい。不味いな、化け物対策が裏目に出た。反撃されたら死人が出かねない――。


――毒を盛ればいいさ。あの女の食事は日に三回もあるんだ。たとえ死ななくても弱らすことくらいできる――。


このような会話が繰り広げられ、それを知らぬワヒーダは、次の日の朝食と昼食を食べてしまっていた。


幸いだったのは、村人たちに毒の知識がなかったことだろう。


おそらくバザールで売っていたものを適当に購入し、今回のような事態になったら使おうとしていたのが幸運だった。


ワヒーダは食事後もすぐに死ぬことも苦しむなく、村人たちが買った毒は殺傷能力が低く、さらには遅効性のものだと思われたからだ。


ハシャル村の闇は、なにも毒を盛るだけではない。


これまでの彼らは、雇った傭兵との契約期間が終わると、続けてもらえるかと頼んだ。


多くの者が悪夢にうなされて逃げ出すか、または最悪気が狂って飛び出したり、自殺したりするのだ。


白い髪の少女の牢番を長い間できる人間は、村にとって貴重な人材だ。


だが、いくら牢番の仕事に耐えられても、陽を浴びることのできない仕事を続けるような物好きはない。


さっさと割の良い仕事で稼いだ大金を使って、良い酒と食べ物を手に入れ、いい女を抱きたくなるのが普通の感覚だ。


そして、ここからがハシャル村の罪――。


村人たちは仕事の延長を断られると、雇った傭兵を始末した。


最後に宴をして別れたいと嘘を言い、武器を持たずに呼び出した相手を集団で囲んで殺すのだ。


これにはさすがにどんな傭兵でも反撃すらできず、その命を奪われていった。


ハシャル村の住民たちが傭兵を殺す理由は簡単だ。


それは、白い髪の少女のことを外で話されたら、確実に少女をさらおうとする連中が出てくるからだ。


いくら集団とはいっても、所詮は剣もまともに振れない村人の集まり。


名うての盗賊団や、サハラーウにある七つの小国のような勢力に襲われたらひとたまりもない。


こういった事情から、ハシャル村にはこれまで何人、何十人もの傭兵を殺してきた歴史がある。


家族を守るため。


村を守るため。


村でおこなわれていた口封じは、世代をまたいで数年続いた殺人の経験と共に、村の倫理観を歪めるのに十分な年月だった。


もはや村の者で人を殺すことに躊躇ちゅうちょする人間はいない。


これは男はもちろん、老人も女も子どもまでにも浸透している、道徳的にとても誇れない村の伝統といえた。


この砂の大陸サハラーウの七つの小国外では、人の良さそうな弱き者たちさえも無法者になる。


それ以外の自衛の方法がないというのが、誰にとっても悲劇でしかない。


そしてそれはまた、白い髪の少女やワヒーダと同じように、自分では生き方を選べなかったからだともいえる。


「みんな聞いてくれ」


ワヒーダが昼食を食べ終え、石造りの建物へと戻ってから数時間後――。


村長は村に住むすべての人間を集め、話をしていた。


それは、もちろんワヒーダの殺害――ハシャル村を守るために行われる口封じについてだ。


落ちかけた陽が血走った目をした村人――老若男女をオレンジ色に染め、まだ幼い子どもたちでさえも興奮した様子で、村長ブルハーンの言葉に耳を傾けている。


「あの傭兵は契約に背いた。こちらの忠告を無視して“あれ”と会話をしたのだ」


集まった村人から悲鳴のような声が漏れる。


その光景は「なんとおぞましい、よく“あれ”と話す気になるな」と、誰もが軽蔑するような表情で身を震わせている。


ワヒーダを直接会って雇ったターブルとドゥッシャなどは、その場に両膝をつき、まるで神に祈るかのようにおがんでいた。


村の若い衆らから声が上がる。


――殺せ! あの女も“あれ”と同じ化け物だ!――。


――毒で死ぬなんて待ってられない! 今夜にでもあの女を殺してやろう!――。


――おれたちで村を守るんだ! みんなでならあの化け物を殺せる!――。


凄まじい男たちの大歓声に女たちは拍手を送り、子どもたちも一緒になって叫び声をあげる。


その様子を見て、村長であるブルハーンは身を震わせた。


彼は、涙ぐんだ瞳で村人たち一人ひとりを見てながら、感極まっていた。


村人たちの想いを汲み取ったブルハーンは、静かながら強い口調で皆に返事をする。


「よし、やろう。時間はあの化け物女を夕食時に呼び出し、そこで始末する」


ブルハーンの決定に、村人たちはさらに熱狂した。


そして、時間は戻り――。


白い髪の少女と共に建物から出たワヒーダに、ハシャル村の狂気が襲い掛かる。

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