#37
何か狙っているな――。
リマーザはワヒーダの笑顔に裏があると考えたが、何を仕掛けてこようが大した脅威ではないと判断していた。
確かに“鉄腕”という二つ名を付けられるだけあって、そこらにいる傭兵とは格が違うのは、先ほどの戦闘からわかる。
弓矢、槍、剣を同列で使いこなし、おそらくまだ見せてはいないが、斧や棍棒を含めた打撃武器や、
そして当然ナイフでの戦闘も可能だと思われ、鉄腕のワヒーダが使用できない武器などなさそうだ。
つまり目の前にいるこの
その才能は、もし彼女がサハラーウにある七つの小国――そのどこかの貴族の家に生まれ、そこでまともな教育を受けて育っていたら、歴史に名が残る大将軍となっていたのかもしれない。
しかし、そう上手くできていないのが人生であると、リマーザは知っている。
彼女もまた七つの小国の外で生まれ、無法地帯の砂漠で生き地獄を味わって育ったのだ。
たかが一級品の武芸者
――と、リマーザは何かに勘づきながらも、不用意にワヒーダへと近づいていった。
「しかし、こいつは困ったねぇ。さすがに金属までは溶かせないみたいだけど、あまり近づくとあたしが燃やされちゃうし」
ワヒーダは構えを解くと、右手に剣を持って肩に乗せ、左腕の義手の手のひらを広げて振り始めた。
お手上げとでも言いたそうな態度だが、リマーザは内心で「嘘をつくな」と呟く。
距離が縮まると、リマーザは炎を放った。
何か仕掛けてくるとしても対応できる距離を保ちつつ、近距離でも遠距離でも完全に自分の間合いにワヒーダを入れる。
炎を避けて側面へと回り込んだワヒーダを見て、リマーザは「さあ、どうする?」と笑みを浮かべていた。
「危ない危ない! こりゃ逃げるが勝ちかな?」
「そのふざけた態度がいつまでできるかが楽しみですね。さあ、私の炎と踊りなさい」
「そりゃ残念。あたしは踊るのが苦手なんでね。あんたの期待には応えられないよ」
リマーザの側面に回ったワヒーダは、腰に巻いていたベルトから小さな皮袋を手に取った。
彼女の行動を不可解に思ったリマーザだったが、次の瞬間には敵が何を考えていたかに気が付く。
「まさかその中身はッ!?」
「気が付いたみたいだね。でも、もう遅い。踊りならあんたが踊りな!」
ワヒーダは皮袋を鋼鉄の義手で器用に穴をあけると、リマーザに向かって放り投げた。
皮袋の中身がぶちまけて全身にかかると、彼女の衣服が燃え始める。
「イヤァァァッ!」
「ずいぶん可愛い声で鳴くじゃないの。どう? ベナトナシュ自慢の蒸留酒の味は? なかなか貴重なものらしいから、しっかりと味わってよね」
リマーザは慌てて纏っていた炎を消すと、衣服についた服を自ら破き捨てた。
口元に付けていたベールも燃えてしまい、彼女は左手で顔を覆うように隠す。
ほぼ半裸状態となった彼女は、火傷の痛みで顔を歪めながらも、指の間からワヒーダのことを
リマーザの体にかけられたのは、先にワヒーダが言ったように蒸留酒だった。
通常は酒のアルコール度数が20~25%から火がつき始める濃度と言われている。
それを踏まえてワヒーダがリマーザに向かって放った酒は、 アルコール度数が50~60度のもので当然火が付くのだ。
「初めて見たときからできるかなって思ってたけど、大成功だったね」
どうやらワヒーダは、広場でリマーザが炎を操っているのを見てから、この対策を思いついていたようだ。
いくら魔法の炎で自分の体が焼けなくても、他のもので付いた火は操れない。
そのことは、先ほどリマーザ本人に聞いていたのもあって、ワヒーダはやる前からこの結果を確信していた。
「これであんたは炎を使えない。また酒をぶっかけられちゃたまらないもんね。そうなると剣でやり合うことになるけど、顔から手を離せないんじゃ勝負になんないね」
まんまと
彼女は
対するワヒーダが剣を構えると、王宮のほうから
「もうすぐだ! 敵の数は確実に減ってきている! このまま続ければ私たちの勝利だぞッ!」
それはマルジャーナのものだった。
ベナトナシュ国の女王の声はまるで城下町すべてに響き渡るかのようによく通り、王宮の前での状況を、ワヒーダとリマーザに知らせた。
状況を知ったリマーザの表情がさらに歪み、ワヒーダはそんな敵に向かって勝ち誇った顔をしながら提案する。
「どうだい? あんたがここで降参してくれれば、命までは取らないようにマルジャーナに頼んであげる。もちろん助けるからにはいろいろ話してもらうけどね」
ワヒーダの視線が鋭いものへと変わる。
彼女に見据えられたリマーザは、細めていた両目を見開いた。
「あんたには、その炎の秘密も喋ってもらう」
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