#36

誘いを断られたリマーザは、その肩を揺らし始めた。


不可解そうにそんな彼女を見ているワヒーダのことなど気にせずに、「ククク」とベールから笑い声が漏れ、やがて高笑いを始めた。


その笑い声の大きさは、次第に戦場の喧騒をかき消すかのように大きなものとなり、しばらく笑ったリマーザはワヒーダに向かって言う。


「鉄腕のワヒーダは仲間を作らない孤高の人だと聞いてましたが、まさかそのような考え方をする人間だったとは。先ほどのことといい、噂とは当てにならないものです」


「そんなに大声で笑うほどおかしかったかい? あたしは結構気に入ってんだけどね、今の生き方」


「気に障ったのなら謝りますよ。ですが、すぐにあなたは後悔するでしょう。ああ、あのとき誘いに乗っていればとね」


リマーザの全身から炎が立ち上がる。


それは、まるで周囲にあるものすべてを焼き尽くさんばかりの勢いで燃え上がり、ワヒーダの覚悟まで灰にしてやろうと言っているようだった。


だがワヒーダは怯むことなく前へと出て、リマーザを目掛けて槍を突き出す。


休みのない連続の突きがベールの女を襲う。


先ほどリマーザを味方から引き離した怒涛どとうの攻めだ。


その激しい突きの連打を、リマーザはギリギリのところで避けている。


防ぐにしても反撃するにしても、このまま完全にワヒーダがペースを握る形となりそうだったが――。


「例えるなら、降り注ぐ信念の暴雨ぼううといったところでしょうか。ですが、私にとってはあなたが降らす信念など、ゆるやかに止んでいく小雨こさめでしかありません」


リマーザを包んでいた炎がワヒーダの槍を焦がし、一瞬で燃え尽きた。


柄の木材があっという間に灰に変わったのだ。


さすがに金属部分こそ焼け残ったが、当然、柄のない槍は勢いを失い、地面に落ちるだけだった。


「詩人だね、あんた。惚れ惚れしちゃうよッ!」


ワヒーダは槍を失いつつも、すぐに次の攻撃に移っていた。


腰に帯びた剣を抜き、リマーザの側面に回って斬りつける。


「あなたに詩を理解できる心があるとは驚きですね」


「うわッ!? あぶなッ!」


炎がリマーザを守るように噴き出し、ワヒーダは剣を引っ込めて慌てて後退した。


迂闊うかつに手を出せば、剣が届く前に焼かれてしまいそうだ。


かといって攻撃しない限り、リマーザを倒すことはできない。


とはいって近づけば炎が彼女を守り、先ほどのような形なることは目に見えている


結果が疑う余地がなく明白であることを火を見るよりも明らか――という言葉があるが、炎を操る敵を前に妙な繋がりだ。


「リマーザとかいったっけ、あんた?」


「そういえば名乗ってなかったですね。では改めて、私は武装商団の幹部リマ――」


「いやいいよ、もう知ってるし、それになんか長くなりそうだし。それよりもちょっときたいことがあるんだけどさ」


ワヒーダはリマーザが名乗ろうとしたところを遮り、言葉を続けた。


ピクッと目元を動かしていた彼女のことなど気にせず、軽口を叩くようにたずねる。


「あんたって、あの有名なおとぎ話に出てくる魔法の一族だったりしない? それか、そういうなんか精霊的な声が聞こえるとかさぁ」


「質問の意図がわかりませんが?」


リマーザが不機嫌そうに返事をすると、ワヒーダはヘラヘラと笑い返す。


「だからねぇ。どうしてあんたが炎を操れるのか、それを教えろって言ってんだよ」


緊張感のなかったワヒーダの顔が引き締まり、目つきが鋭い視線へと変わった。


声も次第に男のように低くなり、凄まじい殺気を放っていた。


こちらが本来の鉄腕のワヒーダかと、リマーザも彼女をにらみ返す。


「私の炎に興味がおありのようですが、生憎あいにく私にも詳しいことはわかりません。これは我が武装商団アルコムの団長からお預かりしているものなので」


「ホントに知らないのか? 隠してるんなら今のうちに言っておいたほうがいい。“善い”生き方を目指す今のあたしには、できればやりくないこともいっぱいあるからね」


「先ほどから“善い”生き方を目指すとおっしゃっていますが。今のあなたはどう見ても“悪い”人の顔をしてますよ。怖い怖い」


「広場でマルジャーナとやり合いそうになってたときから思っていたけど。あんたって負けず嫌いなのかなんなのか、相手をあおるのが好きだねぇ。“顔隠し美人”のリマーザちゃん」


「そういうあなたも負けず劣らずですよ。怖い怖い“片目美人”のワヒーダさん」


そう言い返したリマーザは余裕があるように見えたが、少し不機嫌そうだった。


そして、彼女はまたも目元をピクッと動かすと、ワヒーダとの距離を詰めていく。


片刃の剣を右手に握り、ゆっくりと近づく。


その体にはもちろん炎が揺れている。


そんな状況で、ワヒーダは向かってくるリマーザを観察していた。


一体どうなっているのか理解できないが、リマーザの体は自分の出す炎で焼かれないようだ。


まあ、それは魔法であるし、炎使いが自分の出す炎で焼かれるなど本末転倒だよなと、ワヒーダは自分に呆れる。


「ねえ、さっきの質問がダメなら別のを答えてほしいんだけど」


「なんです?」


「やっぱ火事とかに巻き込まれてもさ。あんたって死なないの?」


「それは焼け死なないのかという意味でしょうか? ならば死にますよ。あなたは私が自分の出す炎で焼かれないから、死なないと思ってしまうのも無理はないですけどね」


「あ、そう。そいつを聞けてよかった」


リマーザが得意気に答えると、ワヒーダはニヤリと不敵に笑みを見せていた。

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