#38
リマーザが
後退り、これまでの余裕の態度が嘘のようにその身を震わせる。
それは、目の前のワヒーダに怯えるというよりは、彼女にかけられた言葉に恐怖しているようだった。
ワヒーダにはそれがわかっていた。
どうやらリマーザの持つ炎の力の秘密は、想像以上に隠しておかねばならぬことのようだ。
リマーザもここまで追い詰められるとは、思ってもみなかったのだろう。
しかもワヒーダが興味本位ではなく、何か覚悟を持って知りたがっていると感じてしまっているのも大きかった。
この女は魔法の秘密を、その
そう思わせる威圧感が、リマーザを恐怖に叩き落していた。
「どうしたの? 喋ればあんたの命が助かるってのに、なにをそんなに怯えているわけ? 喋ったら団長に殺されるからなの?」
「あ、あなたこそ! なぜそこまでこの力のことを知りたいのですか!? 知ったところであなたに利益など――」
「そういう話じゃねぇんだよ」
言葉を遮り、ワヒーダはリマーザに詰め寄った。
ビクッと身を震わせたリマーザは、さらに後退っている、
呼吸も乱れ、顔面を手で覆いながらも、その顔からは冷や汗が止まらない。
「さあ、この場で死ぬかすべて話すか、さっさと決めてよね、リマーザッ!」
「イ、イヤァァァッ!」
問い詰められたリマーザは、奇声を上げて走り出した。
ワヒーダは恐怖でおかしくなったかと思ったが、放っておくわけにもいかず、彼女の後を追いかける。
そして、走りながら考える。
一国に
戦いの最中で聞けた話は、リマーザが持つ炎の力が武装商団アルコムの団長から預かっているというものだった。
なら力の秘密を話すということは、当然、裏切り者として処分されることを恐れてだとわかる。
しかし、それでもワヒーダには理解できなかった。
武装商団アルコムの団長が恐ろしいのはわかるが、この場で殺されるよりはマシだろう。
それよりも命を落とすよりも恐ろしいことが、炎の力の秘密にあるということか……。
「あの女に勝てたのはいいけど、こりゃ思ってた以上にヤバそうな感じがするな……」
関わってはいけないことに、自ら首を突っ込もうしているのかもしれない。
ワヒーダのこれまでの傭兵としての経験から、それは予感できた。
おそらく想像するに、武装商団アルコムと白い髪の少女アシュレには、何か深い繋がりがある。
特にリマーザへ炎の力を預けたという団長は、魔法の一族の可能性が高い。
だがそれはそのまま、アシュレやリマーザと同じような力を持つ者と、戦うことになるかもしれないことだ。
今回はなんとかなったが、正直いってアシュレほどの魔法の力を持つ相手など荷が重すぎる。
「だけど、あの子のためにもやらなきゃだよね……。もう……あたしは昔のあたしじゃないんだからッ!」
ワヒーダは危険だとわかっていても、止めるわけにはいかなかった。
それはアシュレのためである以上に、彼女自身――自分のためでもある。
ハシャル村から出たときに見たアシュレが起こした奇跡の光景は、今でもワヒーダの脳裏に焼き付いている。
それまでの彼女が考えていたのは、人生に意味などないということ――。
ただ生きるために食って寝て、人を殺していつか殺されて死ぬこと――。
それがワヒーダに与えられた人生だった。
そんな人生が白い髪の少女と出会ったことで変えれたのだ。
ワヒーダが死ぬことよりも恐れるのは、またあの――すべてを与えられた環境や境遇のせいにして諦めることだった。
もうあの頃の自分には戻らない。
自分はアシュレと共に生きる。
そのために、彼女のためにできることはすべてやってあげたい。
武装商団アルコムはアシュレのルーツを知る重要な手がかりだ。
たとえそれが一介の傭兵には手に余る事柄だったとしても構うものかと、ワヒーダはリマーザをとっ捕まえてすべてを喋らせようと、全力で駆ける。
「ありゃ……ただ逃げているってわけじゃなさそうだね……」
道と道を塞がれていた城下町内を必死に走るリマーザを見て、ワヒーダは気が付いた。
あの女は迷わずどこかへ向かっている。
それは外ではないどこか。
塞がれていようが気にせずに、
しかし
いくら考えても、ベナトナシュ国内にリマーザが頼りにできるような相手も何もありそうにはないが――。
ワヒーダが敵の目的を考えていると、リマーザはとある建物へと入っていった。
そこは神殿だった。
ベナトナシュ国にいくつかある何の変哲もない小さい寺院だ。
こんなところに入って一体何を考えているのか?
不可解さを拭えぬまま、ワヒーダも神殿内へと入っていった。
だだっ広い空間に高い天井。
その天井には複雑な模様が刻まれている。
どこにでもある神殿内だ。
神殿内の中心でリマーザはブツブツと呟きながら立っていた。
左手で覆っていた顔を晒し、ただ俯いていた彼女に向かってワヒーダは声をかける。
「こんなところで何をしようっての? いい加減に諦めなよ。悪いようにはしないからさ」
「本当なら……国を手に入れてからやるはずだったんですが……仕方がないでしょう……」
リマーザがそう言った後――。
彼女の右肩にあった刺青が禍々しい光を放ち始めた。
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