#39

ひび割れた太陽と月の刺青から発せられている禍々しい光は、神殿の天井を突き抜けて空へと上がっていった。


リマーザはその光の動きを見上げながら、隠していた顔を晒して高笑っている。


「ワッハハハッ! やりました、やりましたよ、団長ッ! これでベナトナシュ国はあなたのものにッ!」


彼女のベールで隠していた口元は裂けていた。


顔の左側だけ耳元まで裂けており、それは歯茎が剥き出しになっているほどだった。


ワヒーダは一瞬だけリマーザの裂けた口に目を奪われたが、すぐに彼女に向かって叫ぶ。


「なんだよこりゃ!? あんた一体なにをしたんだ!?」


「こっちこそ訊きたい。あなたこそどうして無事でいられるのですか?」


高笑っていたリマーザは、ワヒーダのことを見ると、急に不可解そうにしていた。


空へと放たれた禍々しい光はまだ神殿内にも残っていて、それがワヒーダの体にもまとわりついていたが、彼女には何の異常も起きていなかった。


互いに訊ね合ったワヒーダとリマーザは、ほぼ同時に剣を抜き、それをぶつけ合う。


神殿内に甲高い金属音が鳴り響くと、二人は会話を続けた。


「先に訊いたのはこっちだ! この光はなんなんだよ!?」


「どうしてあなたが無事なのかは後で調べるとして……いいでしょう。話してあげますよ。あなたも手を差し伸べてくれましたしね」


重なった剣を押し返し、リマーザは説明を始めた。


それは、彼女が所属する武装商団アルコムの本当の目的のことだった。


リマーザはベナトナシュ国に対して、武装商団が国内で仕事をできるように交渉を持ちかけていた。


マルジャーナは麻薬の流通や人身売買を許すことはできないと何度も断っていたが、実はそれは表向きの理由であり、本当はベナトナシュ国のすべてを手に入れることだった。


「そんなことだろうとは思ってたけど……。じゃあ、この光の正体はなんなの!?」


「これはこの国の人間の魂を縛る鎖とでもいったところでしょうか」


ワヒーダの問いに、リマーザは素直に答えた。


それはもうこの光が発動した時点で、自分の勝利を疑っていないことの表れだった。


「この光の発動条件は結構厳しいのでね。国の周りを囲むように術式を施して、それを解放してあげる必要があったんです」


「そうなると、この神殿がその光を発動させる鍵穴みたいなもんになってたってこと?」


「意外と飲み込みがいいですよね、あなたって。そう、私が術式の鍵となり、それをここへ差し込む必要があった。まあ、話はこんなところです。では、あなたがなぜ光の影響を受けないのか、今からじっくりと調べさせてもらうとしましょう」


再び剣を構え、ワヒーダへと近づいてくるリマーザ。


先ほどまで炎の対策で戦意を失っていたというのに、今の彼女は自信たっぷりだった。


おそらくは光の影響で力が増しているのだろう。


それは今しがた剣をぶつけ合ったときに、ワヒーダが一番わかっていた。


だが彼女の心配は、自分のことではなかった。


話の中でリマーザは、光は魂を縛る鎖という表現を使っていたが、どういうわけか自分には影響はない。


だとすると、今武装商団アルコムの集団と戦っているマルジャーナたちには何が起こっているのか?


ワヒーダは考えても無駄だとわかっていながらも、そのことで頭がいっぱいになっていた。


「悩んでもしょうがないか……。ともかくあんたを倒しゃあ、この光も止まるでしょッ!」


「やれるものならやってみなさい。ですが何をしようと、マルジャーナ·ベナトナシュとそれに従う者たちは天国への階段を上り、そして、あなたがここで殺されることに、なんの変わりませんがねッ!」


その言葉の後、神殿内に凄まじい金属音が鳴り響いた。


――その頃。


アシュレの目の前では、信じられない光景が広がっていた。


少し前――王宮の前に立てた防柵での戦いは、マルジャーナの指揮のもと兵士や民たちが一丸となって戦った結果、武装商団アルコムの集団は倒された。


彼ら彼女らは無惨にも死体の山を築くことなり、戦いはもう終わりかと思われた。


だが突然その場に降ってきた無数の光によって、それを浴びたベナトナシュ国の人間たちが動かなくなってしまったのだ。


皆、光を浴びた瞬間に硬直し、まるで人形のように固まってしまっている状態だ。


そしてそれはマルジャーナも同じで、彼女は傍に寄ってきたアシュレの目の前で、立ったまま動かなくなっていた。


「な、なんなんだよぉ、これ……。マルジャーナ、マルジャーナッ! どうしたのッ!? 返事をしてッ!」


「小娘……なぜ貴様は動けるのだ?」


背後からドスの効いた男の声が聞こえ、アシュレが振り返るとそこには男が立っていた。


そこにいたのは、ブラウンヘアの背が高く手足が長い男――マルジャーナの配下イザットだった。


イザットは両目を見開いた顔でアシュレを見ていると、剣を抜いて彼女に近づくてくる。


その態度からすぐに敵意があると察したアシュレは、乱れた呼吸を深呼吸して落ち着かせ、歯を食いしばっている男に声をかけた。


「あなた、何か知っているんでしょ? これはなんなの? どうしてみんな動かくなっちゃったの?」


おくすることなく訊ねてきた白い髪の少女のせいか。


イザットは冷静さを取り戻していた。


どうやら彼はこの状況でアシュレが動けることの理由を、自分なりに解釈したようだった。


そして彼女と動かくなったマルジャーナの前で足を止め、肩を揺らしながら地面に向けていた顔を上げる。


「フフフ、貴様が動けようが、もうこうなれば私の悲願は叶ったも同然。よかろう、小娘。今の私は気分がいい。すべて話してやる」

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