#40

イザットは持っていた剣を地面に突き刺した。


それからグサッと刺さった剣の柄を両手で握り、背筋を伸ばす。


そのときの彼の顔は、マルジャーナの前で見せていた忠誠心に厚い臣下のものではなくなっていた。


してやったりといった表情で、込み上げてくる笑いを堪えているような顔だった。


アシュレがしばらくの間イザットのことを見ていると、彼はようやく口を開いた。


「私はな、小娘。この戦争が始まるずっと前から、武装商団アルコムと手を組んでいたのだ」


それからのイザットは饒舌じょうぜつだった。


彼のそのときの表情、態度、仕草は、まるで幼い男子がケンカで勝ったことを自慢するかのような――物語で読んだ本に出てきたままだと、アシュレには思えた。


イザットの得意気に話した内容とは、彼が武装商団アルコムと繋がっているというものだった。


それは先代ベナトナシュ王と王妃が生きていた頃からで、ずっと陰から手を貸していたらしい。


さらにはベナトナシュ王と王妃が武装商団との戦いで負った怪我も、そしてその後にすぐに亡くなったのも、全部イザットが手を回したからだったようだ。


アシュレは内容こそ理解したが、イザットの動機がわからない。


マルジャーナの話では、イザットは先代の王の死後、ずっと彼女を支えていた人物。


さらには新しく女王となったマルジャーナには従えないと騎士や貴族がいる中で、彼だけがついて来てくれたとも聞いている。


そんな人物がなぜベナトナシュ国に不利益になることをやり続けていたのか?


アシュレの頭の中では、当然の疑問が出ていた。


「どうして私が裏切ったのかが信じられないようだな。無理もない。砂漠育ちの小娘ごときに、考えてわかるようなことではないからな」


「そうだね。確かに僕は砂漠にある村で育ってあなたの言う通り小娘だけど。でも、推測はできる。例えば復讐……とか」


「……随分とさかしい小娘だ」


「正解みたいだね」


イザットはアシュレの推測が当たったことが面白くなかったのか。


ヘラヘラと笑っていた顔が引きつっていた。


一方でアシュレは、そんなイザットを見据えたまま、話を続けようと声をかける。


「恨みから裏切ったってのは少し考えればわかる。だけど、僕が知りたいのはあなたのことじゃなくて、この現象についてなんだけど」


「当てずっぽうのくせに、いい気になるなよ。そもそも私の抱える怒りは、貴様などには想像もできんほどのものなのだ」


「僕の話聞いてる? あなたのことなんてこれっぽっちも興味ないって言わなかった? マルジャーナはあなたをデキる人だって言っていたけど、お人好しってのもあって見る目がなかったか」


アシュレの返した言葉を聞き、イザットの表情がさらに歪む。


それでも子ども相手に大人げないとでも思っているのか。


イザットはフンッと鼻を鳴らすと、今起きている現象について話し始めた。


このベナトナッシュ国の皆に降り注いだ光とは、武装商団アルコムの幹部リマーザ·マウトがやったことなのだと。


「あの女はかなり昔からこの国を狙っていてな。まだ私が先代の王に仕えたばかりの頃から、この作戦を考えていたんだ」


「あのー、要点だけを言ってもらっていい? さっきからずっと回りくどいというか、話さなくていいことははぶいてもらえると助かるんだけど」


アシュレは別に相手をあおるつもりはないのだが。


イザットの苛立ちはさらにつのっていた。


ひたい血管けっかんが浮き出て、今にもみつかんばかりに歯軋はぎしりをしている。


「ふぅ……。大丈夫、私は大人の男だ。貴様が私を怒らせることで、一体何をたくらんでいるのかはわからんが、子ども言うことにいちいち腹など立てんよ」


「自分で自分を大人の男ってさ、本当の大人の男なら言わないと思うよ。それにもうかなり怒っているでしょ、あなた。いいから早く話してよ。気分がいいから全部教えてくれるんでしょ?」


「知恵をつけた気になった子は手に負えんな。揚げ足取りばかりで会話にならん。マルジャーナはこんな賢しい小娘を相手によくしていたな」


腹の底からわいてくる怒りをこらえ、イザットは呆れた様子を保って話を始めた。


アシュレのほうは「これでやっと話が聞ける」と、大きくため息をついて黙った。


だがイザットは地面に突き立てた剣を持ち、アシュレに言う。


「命乞いでもすれば見逃してやろうとも思ったが、やはり可愛げのない小娘の口は閉じておくべきだな」


「子ども相手にずっと誰にも言えずに黙っていたことを話して、えつに入りたかったんだろうけど失敗して、そして最後に暴力に走る。情けない人だね、あなたって」


剣を握ったイザットに、アシュレは再びため息をついた。


白い髪の少女には怯える様子など一切なく、それがイザットの苛立ちをさらに煽った。


「じ、時間を無駄をした……。貴様はここで殺す」


「この状況で僕が自分が殺されると考えなかったと思うの? できればもう少し話を聞きたかったけど、仕方がない」


アシュレは呆れながらそう言うと、その手をゆっくりと動かした。

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