#41

ハッタリだ、小娘ごときに何ができる。


イザットは嘲笑しながらアシュレへと歩を進めた。


そして、剣を振り上げて白い髪の少女の頭上に刃を落とそうとしたが――。


「うん!? なんだこれはッ!?」


突然アシュレの開いた右手が輝き、彼女はその手を固まって動かなくなったマルジャーナへとかざした。


すると、どういうことだろう。


マルジャーナの体を覆っていた禍々しい光が消え、彼女は意識を取り戻し、即座にイザットに向かって剣を抜いた。


その一撃は閃光のように速く。


イザットは避けることも防ぐこともできないまま、胴体に深い傷を負った。


「ぐわぁぁぁッ!? バ、バカな!? なぜ術が解けたのだ!? 小娘ッ! 貴様は一体――ッ!?」


慌てふためいて倒れたイザットに向かって、マルジャーナは剣の切っ先を突きつけた。


彼女は黙れと言わんばかりに刃を喉元につけ、とても悲しそうな顔でかつての配下を見下ろしている。


「イザット……。私が訊ねることだけに答えろ」


「くぅぅぅッ! こ、こんなはずでは……」


「聞こえなかったのか? 私はこちらの訊いたことにだけ答えろと言ったのだ!」


いきなり激高げきこうしたマルジャーナは、倒れていたイザットの顔面を蹴り抜いた。


自分の足の爪先辺りで蹴り上げ、イザットの顔の原形が崩れるほど強烈なものだった。


先ほど胴体に受けた剣も含め、顔まで歪んでその両方からダラダラと血を流す彼の様は、もはや戦えるように思えないほど惨めな姿となっていた。


そんなイザットに、マルジャーナは剣を再び突きつけた。


そしてまずは、なぜイザットだけが突然降ってきた光の影響を受けないのかを訊ねた。


イザットはマルジャーナに平伏するように這いつくばりながら、震える声で彼女の言う通りにした。


どうやらその話によると、彼は武装商団アルコムの幹部リマーザ·マウトから今の状況になることを事前に聞いており、予め光の影響を無効化する魔導具を渡されていたようだ。


それからもイザットは、武装商団アルコムとの関係をすべて話した。


ベナトナシュ国の騎士や貴族は、マルジャーナに従えないといって国から去ったわけではない。


すべてイザットが仕組み、武装商団の手を借りて全員一人残らず始末したと。


そして、もうわかっていることだったが。


先代のベナトナシュ王――血棺ちひつぎ王と王妃が亡くなったのもイザットの手によるものだったことを含め、武装商団がベナトナシュ国に簡単に侵入できたのもすべて自分が手を貸したことを白状した。


「それですべてか? ならお前の命はここで終わりだ。せめて苦しまずに殺してやる」


「……私は悪くない。悪いのはベナトナシュ王……貴様の父親だッ!」


顔を上げてマルジャーナを睨みつけたイザット。


その顔はすでに以前の真面目な印象を受ける彼のものではなくなり、凄まじい恨みも加わっているかのような、酷く人間離れした顔になっていた。


イザットは刃を面前に突きつけられたまま、まるで吠えるようにマルジャーナに向かって話を始める。


「ニルミーンという侍女のことは知っているな!? 貴様の世話係をやっていた女だ!」


マルジャーナはもちろん覚えていた。


その侍女と過ごしていた期間はまだ物心つく前ではあったが、王宮ではあまりいない誰にでも心を開く女性であったニルミーンの性格は、現在のマルジャーナに多大な影響を与えている。


しかし、マルジャーナが成長してからニルミーンは世話係から外された。


それどころか彼女は、王宮からも姿を消していたのだった。


幼い頃のマルジャーナは王宮内でニルミーンのことを訊ねて回ったが、誰もが声をそろえて実家に戻ったと言い、彼女もそれを信じていた。


だがイザットは、それらはベナトナシュ王と王妃が考えた嘘だと言う。


「貴様の父ベナトナシュ王はな! その侍女に手を出していたのだ!」


「なんだと!? 父上がそんなことを……?」


狼狽えたマルジャーナに、イザットは話を続けた。


夫がニルミーンに手を出していたことを知った王妃は激しく嫉妬し、彼女にあらぬ疑いをかけて罰した。


それは焼いた鉛を顔にかけるという恐ろしいもので、ニルミーンその刑のせいで顔が焼け爛れるだけでなく視力までも失い、容姿を損なったことでベナトナシュ王からも見捨てられ王宮から追い出された。


すべてを失った彼女は、その後ベナトナシュ国内で物乞いのように暮らし、やがて子を産んだ。


「その子どもが私だ! 私もあの血も涙もない血棺王や貴様と同じ……ベナトナシュの血が流れているんだよ、姉上殿どのッ!」


「イザットが私の弟だと……」


マルジャーナは言葉を失い、顔面蒼白になっていた。


あまりの動揺にイザットに突きつけていた剣を落とし、両目を見開いてその身を震わせている。


そんな姉に向かって、イザットはさらに言葉をぶつけた。


彼は母ニルミーンの恨みを晴らすために――。


何をしてでもベナトナシュ王と王妃に報いを受けさせるために――。


物乞いから凄まじい努力を重ね、ベナトナシュ国の兵士となった。


そして忌み嫌う血棺王の血が、イザットの才覚を呼び覚ましたのか。


彼は軍の中で順調に出世していき、気がつけば王宮に出入りできる立場にまでなっていた。


その後、武装商団アルコムがベナトナシュ国を脅かし始め、イザットはこれを好機と考えていた。


だがイザットが動く前に、リマーザが彼の事情を知った上で取引きを持ちかけ、ベナトナシュ王と王妃はその抗争で重傷を負う。


それからは簡単だった。


すでに王からも王妃からも信頼されていたイザットは、楽々と二人の食事に毒を盛り、衰弱していく様を楽しんだ。


そして十分に楽しんだ頃――。


最後は自らの手で王と王妃を殺害し、ついにイザットは母ニルミーンの無念を晴らすことに成功した。


しかし彼はそれでは止まらず、ベナトナシュ国自体を滅ぼそうと動き、後は先に話した通りのことを起こした。


「私は誰もが知るベナトナシュ国の罪を裁いたのだ! この状況も貴様らがただ罰を受けただけのこと……今の話を聞けばわかるだろう! 当然の報いだとなッ!」


マルジャーナは俯き、両手で顔を覆っていた。


優しかったニルミーンが王宮から消えた理由と、それが父と母によることだったと知り、絶望に打ちひしがれていた。


さらに彼女は、イザットをどうして身近に感じるのかも理解した。


腹違いとはいえイザットは弟だったのだ。


そう感じるのも当然だと。


もはや瀕死のイザットが、無傷の彼女を言葉で殺そうとしていた。


だがアシュレは、マルジャーナの盾になるように前へ出る。


「今の話を聞けばわかる? 当然の報い? そんなの全然わからない」

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