#5

白い髪の少女は、ベットも毛布もないというのに、牢の床で寝そべっていた。


今が昼間だというのに眠っているということは、やはりすでに時間の感覚がないのだろう。


こんな暗闇の牢屋にずっと閉じ込められていたら、そうなるのも当然だ。


「こんな子どもをどうして……? いや、あたしには関係ないか……」


ワヒーダは手に取った松明を壁に戻し、ブルハーンが座っていた椅子に腰をかけた。


この石造りの建物は、かなり壁を分厚くしているのか。


外からの音は何も聞こえない。


そうなると聞こえてくるのは、白い髪の少女の小さな寝息だけだ。


狭く暗闇の室内に、子どもの入る檻の見張り。


こいつはたしかに気が狂ってもおかしくない環境だと、ワヒーダは顔をしかめる。


だが、ありふれた話でもある。


子どもを閉じ込めて、それをもてあそぶようなやからはどこにでもいる。


いわゆる奴隷だ。


それも性奴隷として売買する者もいれば、自分の屋敷の一郭いっかくに囲っている者もいる。


子どもは労働力としては役に立たないが、特殊な趣味を持つ連中にとっては自分の欲望を満たすために必要な人材だ。


いや、道具といったほうが正確だろう。


持てる者にとって持たざる者など、金で買える物でしかない。


そして、それはそのままワヒーダにも当てはまる。


いくら戦場で武功を立てようが、彼女の生活は何一つ変わらない。


鉄腕だの仰々しい二つ名で呼ばれようと、所詮は数いる傭兵の一人でしかない。


長らく剣で身を立てているうちに、ワヒーダの心は日に日にすさんでいった。


傭兵を初めて最初の頃は、手に入れた金をその日に使いきるほど豪遊し、食いたいものや酒を浴びるほど口にしていた。


それでも男娼や娼婦には手を出さなかった。


それはワヒーダが、人を金で買うことに抵抗があったからだった。


しばらくして豪遊することに虚しさを覚え、彼女は無駄な金を使わなくなった。


しかし、それで虚しさが消えるわけもなく。


いつしかワヒーダは、仕事で斬り殺したむくろに、自分の姿を重ねて見るようになっていた。


死んでいった者と自分に違いなどありはしない。


なら躍起やっきになって生き続けることにどんな意味があるのか?


死に物狂いで生きてどうしようというのか?


――と、自問してもワヒーダには答えが見つからない。


「……チッ」


舌打ちをして考えるのを止めた。


思考を現実に戻す。


ともあれ実入りの良い仕事にありつけたのは幸いだ。


前の仕事と合わせれば、しばらくは食つなぐことができる。


危険な仕事に手を出さなくて済む――今はそれで十分だ。


この生活の先に何があるのかなど、そんな無意味なことに思いを馳せる必要はない。


だが、まだ幼い少女を閉じ込める手伝いをしてまで金を得て……そこまでして生き延びてどうする?


ワヒーダは浮かんだ考えを消そうとしたが、少女のこと――そして今から始まる仕事のせいで、腕だけでなく全身が鋼鉄のように重くなったように感じた。


それからしばらくし、暗闇にも目が慣れた頃、牢に入っていた少女がゆっくりと体を起こす。


「あなたは……村の人じゃないね」


座ったままの姿勢で、白い髪の少女はそう口を開いた。


ワヒーダは少女のほうを向くと、彼女に答える。


「ああ、今日から牢番をすることになったワヒーダってもんだよ」


村長のブルハーンは、牢の中にいる者を無視するように言っていたが、声をかけられて返事をしないのも変だろう。


そしてなによりも、ワヒーダは少女の素性に興味があった。


どうして幼い子どもが牢屋に入れられているのか。


もしかして村の羽振りが良いことと関係があるのかなど、ワヒーダはずっとあった好奇心を抑えられなかった。


「声からして女の人でしょ。どんな人なのか気になる」


「あたしの顔が見たいの? いいよ、見せてあげる。だけど、後悔しても知らないよ」


ワヒーダは笑みを浮かべながら、壁にかけられた松明を取ろうとした。


彼女は、子どもが自分の姿を見たときの反応を知っている。


大体が驚いて仰け反り、まるで化け物でも見たかのような態度をとる。


それも仕方がない。


ワヒーダの顔は右目が潰れ、左腕が鋼鉄の義手なのだ。


隻眼せきがん隻腕せきわんの人間など、見慣れない者からしたら異形に映るのは当然である。


ましてや子どもなら、その姿を恐ろしいと泣き出す者がいてもおかしくない。


そういう事情から、少し驚かしてやると言わんばかりに口角を上げたワヒーダだったが、彼女が松明を手に取る前に、白い髪の少女が言う。


「わざわざ動かさなくていいよ。僕が明るくするから」


続く言葉の後に、建物内に柔らかな光が湧き起こった。


まるで夜空にある無数の星が現れたかのような明かりには、火のような熱さは感じられない。


いくつもの小さな光が宙を漂って、ただ建物内を優しく照らしている――それだけだ。


「こ、こいつは一体なんなんだ!?」


だがその無数の光以上に、ワヒーダの目は明らかになった少女に向けられていた。


冷や汗を流しながら大声で訊ねてくる彼女に、白い髪の少女は答える。


「これは人がいうところの、魔法ってやつかな」

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