#4

村長や村の者に報告へ行ったのだろうことはわかる。


しかし、それにしても着いてすぐに仕事をさせると、余程、重要なことなのか。


ワヒーダは荷馬車内で渡された果物をかじりながら、ハシャル村の様子を眺めていた。


柵などはなく、いくつもの住居が並んでいる。


それらのどれもがバザールにある天幕と同じで、どこにでもある砂漠の村だ。


道を歩く住民たちも、老若男女問わず似たようなみすぼらしい服を着ている。


とても金貨三十枚を出せるような裕福な暮らしをしているように思えないが、それでもワヒーダが知る他の村よりも、村人たちに活気があるように見えた。


この砂漠の大陸サハラーウでは、七つの小国以外に住む者は、明日をも知らず生活を強いられる。


それは生まれたときに決まっていて、国外に住む者が、七つの小国で永住権を得ることなど前例がないのが常識だ。


だからこそ飢える者は武器を持ち、国外では無法者たちの春が訪れる。


七つの小国に住めなくなった者たちにとって、それが最後の砦といってもいい。


そんな無法地帯でまともに暮らせる村など、この砂の大陸にありはしない。


食事や水に困る毎日と、いつ盗賊に襲われるかという恐怖にさらされるのが、国外での暮らしなのだ。


だが、この村の住民たちにはそういった悲壮感は見られない。


誰もが笑みを浮かべ、体型も良く、襲われる恐怖や貧困にあえいでる様子がまるでなかった。


「そうなると、やっぱりあれだよな……」


ワヒーダは、これから始まる仕事が、村が平和である理由と関係していると考えていた。


当然それ以外に思いつかないのだが、どうして囚人を牢に入れておくだけで村が裕福になるのか。


それだけは、どう頭をひねってみてもわからなかった。


「着きましたよ。あそこです。あそこがあなたに守ってもらう場所です」


ラクダの手綱を引くドゥッシャが、ワヒーダに声をかけた。


ワヒーダは荷馬車から顔を出し、その場所へ視線を向ける。


そこには照りつける陽にさらされた石造りの建物があった。


大きさはそうでもないが、明らかに他の住居と違う強固なものだ。


囚人を捕らえておくためのものなのだから、当然といえば当然なのだが。


こんな小さな村にあるにしては、ずいぶんと立派な建物だった。


石造りの建物の前に着くと、ドゥッシャがラクダの足を止めた。


それからワヒーダが荷馬車から降りると、彼は彼女へ建物の中に入るように声をかける。


「中には今、他の牢番がいます。その人に事情を話して交代してあげてください」


ドゥッシャは建物の扉を開けて、ワヒーダにそう言った。


どうやら彼は中に入る気はないらしい。


わかったと答えたワヒーダは、建物内へと入った。


窓がないのもあって昼間だというのに中は薄暗く、目が慣れるまで中の様子がよくわかりにくい。


小さな松明が壁にかけてあるだけの狭い空間だ。


そして想像通り目の前に鉄格子が見え、どんな人間が入っているかはわからないが、たしかにそこには牢屋があった。


「もしかして、仕事を引き受けてくれた方かのぉ」


しわがれた声が聞こえてきた。


声のするほうを見ると、そこには髭を生やした高齢の男が椅子に腰かけていた。


ワヒーダがそうだと答えると、髭の老人は椅子から立ち上がって、彼女に向かって頭を下げた。


「今回は村の仕事を引き受けてくださって、誠に感謝いたしますぞ」


「あたしはワヒーダだ。まあ、鉄腕って名のほうが有名だけど、そこは好きに呼んで。ところでじいさん。不躾ぶしつだけど、あんたは何者なの?」


「これは失礼しました。わしの名はブルハーンと言います。このハシャルで村長している者ですじゃ」


村の長と名乗ったブルハーンという老人を見て、ワヒーダの顔が強張る。


まさかいくら人がいないからといっても、村長が自ら牢番をしていたのか。


なにか村の若い衆に任せられない事情でもあるのかと、話を聞いたときからの勘繰りが増していく。


「そうかい。こっちは前金でもらってるから、もう交代するよ」


「そいつはありがたい。もう聞いているかもしれませんが、一応ここでのことを話させてもらいます」


ブルハーンはワヒーダに近づくと、仕事のことやこの村での生活について説明し始めた。


まず寝泊まりする場所は、この石造りの建物ということ。


それから朝昼晩と食事のときは交代する者を寄越す。


交代の理由は、さすがに毎日この陽の光が入らない暗闇の中にいては、気が滅入ってしまうからだ。


なんでも以前に来てくれた牢番は、三日も経たずに発狂して、仕事を放って逃げ出そうとしたらしい。


なるほど。


割のいい仕事だけあってそういうリスクもあるのかと、ワヒーダは改めて中を見回す。


鉄格子の側には先ほどまでブルハーンが座っていた椅子とテーブルがあり、隅にはベットが見えた。


「あとこれが一番重要なことなのですが……」


「まだ何かあるの?」


ワヒーダが訊ねると、ブルハーンの目が別人のように鋭いものになる。


鬼気迫る――とは違う。


何か相手を脅すような、鬼のような形相だ。


「牢の中にいる者の言うことは、すべて無視なさってください。さもないと、あなたの身に恐ろしいことが起きます」


ブルハーンはそう言うと温和な表情へと戻り、深く頭を下げて外へと出ていった。


恐ろしいこととはなんだろうと思いながら、ワヒーダは鉄格子に近づく。


見張る相手の姿くらいは確認しておかないといったところだ。


壁にかけられた松明を手に取って、牢に近づける。


一体どんな人物が閉じ込められているのかと、ワヒーダが牢の奥で横になっている人物を見ると――。


「子ども……だったのか……?」


そこには、真っ白な髪の少女が眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る