#6

柔らかな光の中に座り込んでいる白い髪の少女。


その瞳は赤く、物静かな佇まいが幼さを打ち消し、大人びた雰囲気を持っていた。


腕や体はかなり細いが、伸びた背筋のせいか病弱な印象もない。


身に付けているのは服とはいえる品物ではなく、ただのボロ布を巻きつけているだけとしか見えない。


まるで物乞いのような格好だが、少女の達観しているような表情のせいか、絵に描いたような気品を漂わせている。


「魔法だって……? 嘘だろ? いや、でもこいつは……この光は……ッ!?」


視線を無数の光へと向けて、ようやく言葉を発したワヒーダ。


彼女は、目の前の光景が信じられないといった表情のまま、傍にある蛍のような光に触れている。


そして考える。


これは想像していた以上にとんでもない仕事だった。


神は好奇心のために地獄を作ったと、以前に関わった王族の娘が誰かの格言を口にしていたが、今がまさにそうだ。


この少女の存在が世に知られれば、サハラーウは根本から変わる可能性がある。


ワヒーダは魔法の存在を知ってはいたが、それは古いおとぎ話の中での話だ。


それは、かつてこの砂の大陸サハラーウを、人が住めるようにした一族の物語。


彼らは魔法を使い、砂漠に草木を生えさせ、オアシス――水源さえも出せた。


魔法の一族は、乾きで苦しむ砂漠の民たちを救った英雄だった。


しかし、そんな奇跡の物語の結末は悲惨だった。


なんと魔法の力を恐れた砂漠の民らが、魔法の一族を根絶やしにしたのだ。


砂しかない死の大地で、彼らのおかげで森や湖を得たというのに、砂漠の民らは卑怯な方法で一族を皆殺しにした。


そして、その先頭に立って戦った七人が、現在このサハラーウにある七つの小国――ドウベー国、メラク国、フェクダ国、メグレズ国、アリオト国、ミザール国、ベナトナシュ国それぞれの国を創った言われている。


もしやこの白い髪少女は、そのおとぎ話に出てくる魔法の一族の生き残りか?


だとしたら村の連中は、それがどれだけ危険なことかわかっていて、ここに少女を閉じ込めているのか?


ワヒーダは口の中にたまった唾を飲み込むと、恐る恐る少女に声をかける。


「な、なあ……あんたは魔法の一族の人間なのか?」


「魔法の一族? いきなりよくわからない言葉を使うのやめてもらっていいかな」


「じゃあ、なんであんたは魔法が使えんだよ!? そんなの魔法の一族しかあり得ないだろ!? 理由はよくわかんないけど、だから閉じ込められてんだろ!?」


ワヒーダの叫びのような問いに、白い髪の少女は押し黙ってしまった。


不可解そうに小首を傾げ、両方の眉尻を下げている。


「あのさ。よくわからないって自分で言ってるのに、勝手な理由をつけないでくれる? それとさ。ずっとこっちがわからない単語を喚かれても、僕としては何も答えられないよ」


この少女は魔法の一族を知らないのか?


いや魔法の一族のおとぎ話は、サハラーウで生まれた者ならば、老若男女問わず知っている物語だ。


それこそ王族から貴族、平民、奴隷に無法者も関係なく伝わっている――いわば砂の大陸に伝承されている昔話。


魔法の一族の物語を聞いたことがないということは、まさか生まれたときからずっとこの牢屋にいたのかと、ワヒーダの顔が歪む。


しかし、すぐに深呼吸して落ち着きを取り戻していた。


ワヒーダには少々激情家なところがあるが、数秒もあれば冷静になれる特技がある。


これまで彼女が傭兵として生き残って来れたのは、腕っぷしの強さでも頭が回ったからでもなく(もちろんそれらもあるが)、すぐに思考をクリアにできるからだといえた。


「悪かったよ……。じゃあ、訊き方を変えようか。あたしが教えてほしいのは――」


「僕が牢に入っている理由でしょ。知りたいなら話してあげる」


座り込んだまま、白い髪の少女はワヒーダを見上げながら、彼女の言葉を遮って話し始めた。


それはまるで「お前の口にしそうなことはわかるよ」とでも言いたそうな態度だった。


ワヒーダは、そんな少女の態度に生意気な子どもだと思いながらも、彼女の話に耳を傾ける。


「村の人たちからすると、僕がいなくなったら身の破滅だと思っているから」


「それってやっぱり、あんたが魔法を使えることと関係があるんだろ?」


「大雑把にいえばそうかな。まあ、細かいこと言えば違うんだけど。多分、話してもあなたにはわからないでしょ」


「あ、あんたねぇ……。ま、まあ、とりあえずわからなくてもいいから話してよ」


立場が相手よりも上位であるかのように――。


相手に対して偉そうな、または見下すような振る舞いで話をする白い髪の少女に苛立ちながらも、ワヒーダは彼女に説明を求めた。


白い髪の少女は、そんなワヒーダの態度が気に入ったのか、笑みを浮かべながら説明をした。


少女の話は、とても信じられないようなものだった。


まず彼女の魔法の力は、どこかで習い覚えたわけではなく、物心ついたときには使えていたらしい。


その力は、人の目には映らない精霊から分けてもらっているものらしく、白い髪の少女は精霊たちの声を聞いて、知識を得たのだと言う。


さらには精霊たちが少女のもとに集まることで、いつの間にかこのハシャル村に今までなかった湖ができたようだ。


「じゃあ、村の連中があんたをここへ閉じ込めてんのは、あんたがいなくなったら湖が消えると思ってるからか」


「でもまあ、良いことばかりじゃないんだよ。精霊たちはイタズラ好きだから、村の人に酷いこともする」

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