#15
――ハシャル村から出たワヒーダと白い髪の少女――アシュレは、ベナトナシュ国を目指していた。
ワヒーダの傭兵時代の行動からすると、普通ならば一番近くにあるバザールを目指すところなのだが。
どうやら何か考えがあって、ベナトナシュ国へ向かっているようだ。
「太陽を浴び続けるのってこんなに暑いんだね。精霊たちから聞いていた以上だったよぉ」
アシュレは眩しそうに顔を歪め、砂に足を取られながらも歩を進める。
彼女は牢に入れられていたときの格好――大きな
その靴は、ワヒーダがハシャル村から手に入れた革袋と布を縫い合わせて作ったものだ。
幼い頃から傭兵として生きてきた彼女は当然のように貧しく、なんでも見よう見まねで作っていた経験が役に立った。
見た目としては不格好だったが、
「バテたなら少し休むか? 急いでるわけじゃないし」
「いや、大丈夫。疲れてはいるけど、歩くのは嫌いじゃない」
強がっているなと、ワヒーダは息を切らして歩くアシュレの後ろ姿を見ていた。
弱音を吐くのが恥ずかしいと思っているのだろう。
知識は豊富だが、中身はやはり子どもだなと、ワヒーダはつい笑ってしまっていた。
「さて、もう少しで見えてくるはずなんだけど」
そんな少女を追いながら、ワヒーダは地図と懐中時計式の方位磁石を手に取った。
砂の大陸サハラーウで移動するなら必要な道具だ。
ずっと砂漠で育ったワヒーダのような人物は、大まかな現在地と方位磁石の動きを見れば、感覚的に砂の海を渡っていける。
「あれかな? なんか大きなものが遠くにあるけど」
アシュレが指をさした先には、石で造られた高い城壁があった。
壁には城壁塔、門塔、側塔三つの
間違いない。
あれはサハラーウにある七つの小国の一つ――ベナトナシュ国だ。
ワヒーダがそう思う理由は単純だった。
そもそもあれほど大きな建造物など、この広大な砂漠には数えるほどしかない。
ドウベー国、メラク国、フェクダ国、メグレズ国、アリオト国、ミザール国と、そして今見えているベナトナシュ国以外でいうと、各地にある古い寺院や神殿のような遺跡くらいだ。
「見えてきたね。あれがベナトナシュ国だよ」
「問題は中に入れるかどうかって言ってたけど、当てはあるんだっけ? なんか古い知り合いがいるとかなんとか」
アシュレが城壁内に入れるかを心配して訊くと、ワヒーダが辟易した表情になる。
その顔は、言われた古い知り合いのことなど、思い出したくもないとでも言いたそうだった。
そんなワヒーダを見上げながら、アシュレが小首を傾げて返事を待っていると、彼女はとても張りのない声で言う。
「ああ、できればもう関わりたくなかったんだけどね……。でも、あたしの知り合いであんたのヒントになりそうなこと知ってる人間が、そいつしか思いつかなかったんだよなぁ」
どうやらワヒーダが言う彼女の古い知り合いとは、アシュレの持つ力――魔法について何か知っているかもしれない人物のようだ。
しかもワヒーダ曰くその人物が嘘をついていなければ、ベナトナシュ国でかなり身分の高い立場にいる人間らしい。
だがワヒーダはその人物が苦手なようで、アシュレのことがなければ会おうとは思っていなかったと、難しい顔をしていた。
「悪い人なの? 信用はできる人だって言ってたよね?」
「ああ、そいつほど信用できるヤツは、このサハラーウにもそうはいないんだけどねぇ……」
「うーん、知識が豊富で信用できて身分の高い人……。どうもワヒーダとの繋がりが見えて来ない人だね」
「そりゃどういう意味だよ?」
不可解そうに訊ねたワヒーダに、アシュレは当然のように言い返す。
「だって貧乏傭兵だったワヒーダとそんな人が知り合いだなんて、僕にはぜんぜん思えないもん」
「貧乏言うな! この大陸のほとんどのヤツは金なんて持ってねぇんだよ! あたしが特別貧乏なわけじゃねぇ!」
ワヒーダはアシュレに向って怒鳴り声を上げると、少女の脇の下に両手を挟み込んでから抱え上げ、回転しながら相手を振り回した。
クルクルと風車のように回されるアシュレだったが、特に堪えている様子はなく、ただされるがままでいる。
「悪かったから降ろしてよ。もう言わないから」
「言い方に反省の色が見えないよ! あんたが本気で謝るまで、ずっと回し続けてやるからね!」
「うぅ……なんか気持ち悪くなってきた……。僕が悪かったから回さないでぇ……」
アシュレの顔色がみるみるうちに悪くなったが、ワヒーダは少女を振り回し続け、少女の平衡感覚を奪っていく。
回されながらアシュレは思う。
ふざけた技だが、これはこれで結構辛いと。
「うぅ……なんか周りの景色が勝手に動いてる……」
「思ってた以上に効いてるね。こりゃあんたを懲らしめるのにいいお仕置きが見つかったよ」
それからワヒーダは、真っ直ぐ歩けなくなったアシュレを背負って、見えていた城壁の前へとたどり着いた。
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