#16

城門の前に立つと、背負っていたアシュレを降ろす。


まだ平衡感覚が戻らないのか。


アシュレはフラフラと振り子のように揺れていた。


「おーい、誰かいる!? 」


ワヒーダが声を張り上げると、城壁の上部がのこぎりの歯の形をした壁――鋸壁きょへきの隙間から兜を被った男が顔を出した。


おそらく門番なのだろうが、その兵士は何も答えることなく、ただワヒーダとアシュレを見下ろしている。


顔が見えたのでワヒーダが何度も声をかけ続けても、何も返答をしない。


「明らかに警戒されてるね。まあ、いきなり鋼鉄の腕を持った片目の女が来たら、誰でもそうなるとは思うけど」


「ったく、子連れだから訳アリだとか思ってくれないわけ? 冷たいもんだねぇ。相変わらず小国の人間ってのは」


アシュレが揺れながら言うと、ワヒーダは大きくため息をついた。


ワヒーダは不満を口にしつつも、内心では城門を開けてもらえるとは思っていなかった。


この砂の大陸サハラーウでは、七つの小国以外の地域は無法地帯なのだ。


見るからに怪しい人間が声をかけてきたところで、まとも対応するはずもない。


ただ見下ろしている門番の男にしびれを切らしたワヒーダは、顔を歪めながら再び口を開く。


「鉄腕のワヒーダが来たってマルジャーナに伝えてちょうだい! そうすればこっちの素性はわかってもらえると思うから!」


マルジャーナという名を聞いた門番の男は、途端に無表情を崩し、ワヒーダに返事をした。


しばらく待っているように言い、鋸壁の隙間から姿を消す。


そのやり取りを見ていたアシュレは、なるほどなと思う。


ワヒーダの古い知り合いは、たしかベナトナシュ国で身分の高い立場の人間だと言っていた。


そのマルジャーナという人物から許可をもらえれば、たとえ怪しい傭兵と子どもだろうと城門の中に入れてもらえる。


「マルジャーナって名前からすると女の人だよね? どういう知り合いなの? 貴族のお嬢様とかそんな感じ?」


「昔の仕事でミザール国の御前試合に出たことがあってね。その闘技場で知り合ったの」


ミザール国は、今ワヒーダとアシュレがいるベナトナシュ国の西側にある隣国だ。


最東部にあるベナトナシュ国と、中央に位置するアリオト国の間に位置する小国で、武芸を好む王が定期的に腕の立つ者を集めて戦わせているらしい。


傭兵として名の通っていたワヒーダも、かなり昔だがアトリエ国にある闘技場で試合という名の殺し合いに参加させられたようだ。


となるとそのマルジャーナという人物は、ベナトナシュ国の賓客ひんきゃくとして招かれたといったところか。


身分の高い者が見世物のような試合という名の殺し合いに出場するとは考えづらいので、当然そう思うのが普通だ。


さらにいえばマルジャーナは女性。


ワヒーダは特殊だとして、まともな女性が闘技場に参加させられても、大して面白い試合にはならないだろう。


――と、アシュレはふむふむと頭を上下させ、ここまでの情報から推測していた。


「でも、ちょっとおかしいところがある」


「うん? なんだよ、いきなり? というか、あんたさ。考え事してるときブツブツ言うくせやめな」


「それってワヒーダが勝手に思ってることでしょ? そんな変なことじゃないと思うけど」


「そりゃ……まあ……なんていうかさぁ……」


返事に困っているワヒーダに、アシュレは言葉を続ける。


「それに頭に浮かんだことを整理しているのを、どうしてやめなきゃいけないの? なんかブツブツ独り言を口にしちゃいけない基礎事実があるとか? 外の人たちってそういう差別をするの? 酷い世界だね。そんなんだからサハラーウは頭の悪い人ばかりだって精霊がいうんだよ」


「……あたしが悪かったよ」


「わかればよろしい」


アシュレがワヒーダを言い負かしていると、ゆっくりと城門が開いていく。


すると再び鋸壁の隙間から門番の男が顔を出し、ワヒーダに向かって声をかけてくる。


「おい、そこの女。マルジャーナ様から国内に入って良いと許可が出た。それからあの方の伝言で、中に入ったらすぐに王宮に来るようにとのことだ」


門番の男の話を聞き、ワヒーダは手を振って応えていたが、アシュレに言い負かされたばかりのせいか、ガクッと肩を落としたままだった。


そして二人は、開いた城門からベナトナシュ国へと足を踏み入れる。


落ち込んでいるワヒーダとは違い、アシュレは期待に胸を膨らませていた。


その理由は、実に子どもらしい理由だ。


砂の大陸サハラーウで、まともな文化を持っているのは七つの小国だけだ。


その一つに入ることができたというのは、これからアシュレが見たことも聞いたこともない教養や文明に触れられる絶好の機会といえる。


一体ベナトナシュ国とはどのようなところなのだろうと、好奇心旺盛な少女にとっては高揚を隠し切れない。


「ねえ、ワヒーダ。王宮って王様が住んでいるところだよね? 早く行こう」


城門をくぐりながら、わかりやすくはしゃいでるアシュレを見て、ワヒーダはつい微笑んでしまう。


場違いながらも、無理をしてベナトナシュ国へ来てよかったと、そう思える。


「そんな慌てなくたって王宮は逃げやしないって。そんなことよりも、あんたはまだフラフラしてんだからいきなり走ったら転んじゃうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る