#43

――神殿は半壊し、ワヒーダは外へと出ていた。


それは彼女が自らの足で出たわけではなく、リマーザの攻撃で吹き飛ばされたせいだった。


禍々しい光が降り注いだ後に、リマーザは凄まじい力を得ていた。


彼女の右肩にあるひび割れた太陽と月の刺青が常に輝き、その度に人知を越えた剣撃がワヒーダを襲っている。


彼女が外へ出されたのも、リマーザの振った剣を受けて壁を抜き抜けたせいだ。


「こりゃマジでヤバいね。アシュレとは違った意味で手に負えそうにない」


「そういうわりにはよくやっていますよ。力を解放した私を相手に、まだ命があるのですから」


リマーザはゆっくりと半壊した神殿から出てきた。


まともにやっても敵わないことは目に見えている。


かといって矢はもう尽きているし、槍は先ほどリマーザの炎で灰にされてしまった。


今ある武器と道具は一振りの剣と皮袋に入った蒸留酒だけで、頼りは剣のみ。


だが剣の間合いで戦えば、もちろん勝ちは目はない。


「後で調べるつもりでしたが、あなたが喋れるうちに聞いておきましょうか」


リマーザは身構えるワヒーダと向き合うと、剣を下ろして楽な姿勢を取った。


そして首を鳴らしてながら、余裕の笑みを浮かべて言葉を続ける。


「これまでに私が所属する武装商団と関わったことは?」


「ないね。噂やバザールで見かけたことくらいならあったけど、直接関わるのはこの国に来てからが初めてだよ」


「では次に、あなたの生い立ちを教えてもらえないでしょうか? その容姿を見る限り、きっと私たちアルコムの仲間と同じ境遇だったろうことは、容易に想像できますけどね」


まるで友人に語りかけるように話すリマーザ。


彼女がワヒーダのことを気に入っているという理由もあるのだろう。


それに自身がほどこした術式が発動したというに、ワヒーダには何の影響もない。


そのような人物に、興味を持たないほうがどうかしている。


「聞いても面白くないと思うよ。砂漠ではありきたりな話だし。あんたが聞きたいようなことは何もないって」


「では、あなたがこの光の影響を受けないことに、思い当たるふしはないと? まあ、当然といえば当然でしたね」


リマーザがゆっくりと歩を進め、ワヒーダへと近づいてくる。


笑みはそのままだが、どうやら会話から何か聞き出すのを諦めたようだった。


下ろしていた剣の柄を強く握り、臨戦態勢に入り始めている。


「思い当たる節ねぇ。でもまあよく考えれば、呪われてもしょうがないことは山ほどしてきたかな」


「呪われても……ですか。あなたには光の影響を受けないことが呪われているからだと、そう言うのですね」


「そりゃそうだよ。あんたは自分でわかんないの? そんな刺青から光を放って力を得るなんて、呪われているとしか思えないでしょ? まあ、あたしもあんたと同じようにに強くなってれば、そうは思わなかったかもだけど」


「これは祝福です。団長が私たちに与えてくれた神をも超える力なのです。呪いだなんて言わないでください」


「あ、そう。そこは価値観の違いだね。ともかくあたしが言いたいのは、これ以上この体を呪いようがないって話さ」


リマーザが一気に間合いを詰め、ワヒーダへと斬りかかった。


これをワヒーダは剣で流すように受けながら、彼女の背後に回って蹴りを繰り出す。


ワヒーダの蹴りはリマーザの後頭部を打ち抜いたが、彼女は何事もなかったように振り返り、剣を振り落とした。


これをなんとか剣で受けたワヒーダ。


だが凄まじい衝撃が辺りに生じ、彼女は神殿内にいたときと同じように吹き飛ばされてしまう。


それでも今度は壁に叩きつけられることはなく、運良く地面へと着地できていた。


するとリマーザは表情を歪めると、ワヒーダにあることを知らせる。


「あなたのその態度を、直す方法を思いつきました」


「へー、そんな方法があるんだね。なかなか大したもんじゃない。試しに教えてよ。その方法ってヤツ」


「マルジャーナ·ベナトナシュが死にましたよ」


「なッ!?」


リマーザの一言でワヒーダの態度が一変した。


相手をからかうかのような表情から、一気に冷たいものへとなっていた。


その顔はまるで、冷えた砂漠の夜で防寒具を失ったかのようだった。


驚くというよりはリマーザの口にした言葉に怒りを感じているといった様子だ。


「ふざけたこと言ってんじゃないよ。あいつが……マルジャーナが死ぬわけないでしょ」


「あら? 察しのいいあなたならそれとなく気が付いているのではなくて? 私のこの解放された力に降り注ぐ光。あなたが呪いと呼ぶものが国中へ落とされたのですよ。それがどういうことかわからなくても、おおよその見当は付くでしょう」


リマーザは顔の左側だけが裂けた顔で笑った。


それはようやくワヒーダが、彼女の思うように動いたことを意味していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る