#44
笑みを浮かべたリマーザは上品な仕草で話を続ける。
「実はベナトナシュ国の中には、ベナトナシュ家に恨みを持っている人間がいましてね」
その話によると、リマーザら武装商団アルコムは先代のベナトナシュ王がまだ生きていた頃から計画を企てており、ようやくそれが達成できたのだと言った。
マルジャーナの両親である王と王妃は、けして油断ならない人物でこの国の攻略には手を焼いていた。
だが敵の返り血を浴び、棺の山を築いた残虐な王にも隙はあったと、リマーザは言う。
「
ワヒーダはすべてを察した。
彼女が最初にリマーザの姿を見たのは、ベナトナシュ国内にある城下町の広場でだ。
どうして敵が簡単に城壁の中に侵入できたのかは、少し考えれば誰でもわかる。
そして現在、武装商団アルコムの連中がなだれ込んで戦いが始まったことで、その考えは決定的なものになった。
ワヒーダの想像とリマーザが口にしたことから推測すれば、答えはおのずと出る。
つまり恨みを持っている人間――ベナトナシュ内部に湧いた虫と武装商団が協力し、今回の事態を引き起こしたのだと。
それでもワヒーダは信じたくなかった。
マルジャーナがそう簡単に死ぬとは、彼女はどうしても思えなかった。
出会ったばかりの頃のマルジャーナはそれは傲慢の塊みたいな女だった。
自信満々で他人を見下し、どんな相手でさえ軽んじる――そんな人物だった。
それはそのままマルジャーナに、それだけの実力があったともいえる。
砂の大陸サハラーウ広しといえど、ワヒーダは彼女ほどの剣の使い手とは未だ出会ったことがない。
物心つく前から戦場に出て、文字の読み書きより先に剣の扱いを覚えたワヒーダからも見ても、マルジャーナは剣の天才だった。
力や技じゃない。
マルジャーナには天性の才能があり、彼女は立ち合った相手の力量を瞬時に見極め、間合いや動きなどを感覚で理解することができる。
さらには彼女が振るう剣は、言葉を話す以上に雄弁で基本を押さえながらも変幻自在、そして何よりも美しかった。
その思わず見とれてしまうほどの剣技を持つマルジャーナが、そんな簡単に死ぬものかと、ワヒーダは彼女が生きている理由を必死で頭の中で並べていた。
「どうでしょう? 私はあなたの態度を変えられたのでしょうか?」
わかり切ったことを訊ねたリマーザに、ワヒーダは返事もなく斬りかかった。
リマーザの挑発にまんまと乗った。
だがそのあまりにも凄まじい殺気に圧され、反応が遅れる。
「この殺気、憎悪……。あなたが自分を呪われているというのにも頷けます」
「うおぉぉぉッ!」
激しい嵐のように刃を休みなく振り、先ほどまで力の差が歴然としていたはずのリマーザを力技で追い詰めていく。
まるで獣だと、リマーザは押され気味ではあったが、すぐに冷静さを取り戻す。
「しかし、その激情もこの力の前では無力です」
リマーザの右肩にある刺青が光を放つ。
ひび割れた太陽と月の刺青が輝き、ワヒーダの剣に打ち返す。
そのたった一撃でワヒーダの剣は粉々に砕けてしまった。
「あなたもマルジャーナ·ベナトナシュの後を追いなさい」
そして一閃。
ワヒーダはがら空きになった胴体に、リマーザの剣を受けて吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた彼女は側にあった建物に叩きつけられ、そのまま寄りかかるように倒れた。
リマーザは決着がついたと思ったが、それでもワヒーダは立ち上がってくる。
彼女は持っていた皮袋の中身――蒸留酒を傷口にぶっかけて、凄まじい形相でまだ戦おうとしていた。
「そのまま眠っていほうが楽に
「まだだ……まだ終わっちゃいないよ……。戦場ってのはねぇ……。最後に立っていたヤツ……笑っていたヤツの勝ちなんだ」
武器もなく、戦う術もないワヒーダはそれでもまだ諦めていなかった。
それは勝利への執着というよりは、彼女のこれまでの生への熱狂のようだとリマーザは感じていた。
どうしてそこまで生きようというのか。
ましてや相手の実力は十分に理解していて勝ち目もないというのに、なぜそこまで足掻ける?
リマーザが不可解に思っていると、立ち上がったワヒーダが血塗れになりながらも笑った。
「あたしはそう簡単にくたばれない……。なにせ抱えちゃったもんがあるからね」
フラフラと覚束ない足取りながら意志の強さを感じさせる言葉。
リマーザはそんなワヒーダを見ると、この場に近づいてきていた者の姿に気が付く。
そしてやはり不可解そうに、ワヒーダに向かって訊ねた。
「それは、あそこに立っている娘のことでしょうか?」
「え……?」
ワヒーダがリマーザの視線の先を見ると、そこには白い髪の少女が立っていた。
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