#24

――ベナトナッシュ国の内情が明かされた次の日――。


ワヒーダは、マルジャーナとアシュレと共に城下町を歩いていた。


それは、二人が国へ来てから気晴らしを何一つしていないという理由からで、マルジャーナが彼女たちに提案をしたことだった。


最初こそ断ったワヒーダだったが、調べていた魔法の一族の情報が上手く集められなかったのもあり、マルジャーナの話を受けることにした。


ここは先にベナトナッシュ国の問題をよく知るいい機会だと、ワヒーダはマルジャーナとアシュレと共に街を見て回っている。


特に変装などはしていなかったが、住民たちはマルジャーナに気が付いていても、騒ぐことなく静かに笑顔とお辞儀を送っていた。


「いたいた! おいで、食べ物だよ」


アシュレは街にいたノラ犬とノラ猫を見つけると、持っていた干し肉を与えていた。


どうやら城下町を散歩すると聞いたときに、マルジャーナに頼んで用意してもらったようだ。


寄ってきた犬と猫は、まるでアシュレの手まで食べるかの勢いで、彼女の指を勢いよく舐めている。


くすぐったそうにしている白い髪の少女を見て、ワヒーダは笑みを浮かべると、隣に立つマルジャーナに声をかけた。


「一応、街のほうに異常はなさそうだね」


「ああ、治安維持はイザットに任せているからな」


「イザットって誰?」


「昨夜、部屋へ報告に来た男だ。父と母が亡くなってからは、彼にかなり助けられている」


それからマルジャーナは、イザットについて話を始めた。


彼は先代のベナトナシュ王が生きていた頃から国に仕えていた男で、元々は一兵卒に過ぎなかった者だった。


だがイザットは次第に頭角を表し、戦場での活躍をはじめ、騎士たちと貴族らのいざこざを両者を納得させる形で治めるなど、その手腕は国内でも評価されている。


そういう人物ということもあって、昨夜の一件――。


マルジャーナが摂政せっしょうを立てずに女王となったことに不満を持った貴族との仲裁もイザットに頼んでいたのだが、どうも話し合う前に彼らは国を去ってしまったようだ。


その話はそれだけでは終わらず、実はワヒーダたちが来る前に、軍を解体せざる得ない事態も起きていた。


「お前たちが来る前の話なんだが……。多くいたベナトナッシュ国の騎士たちも、私には仕えられんと言っていたようでな。父の強さに従っていた彼らの言い分は理解できるが、こう続くとさすがに堪えるよ……」


古参の騎士や貴族が去った今、国内に残っている勢力はイザットと彼が抱えている数十人の兵士のみ。


他に政治を任せられる者もいないため、ほぼすべての公務をマルジャーナがこなしているのが現状(アシュレに勉強を教えているときにも仕事はしていた)。


将軍も大臣もいなくなってしまった国――。


それが現在のベナトナッシュ国の状態だった。


そして国力が落ちたことで、以前から揉めていた武装商団アルコムが動き、もはや敵の要求を飲み込むしか道がないかもしれないところまで来ている。


マルジャーナはワヒーダとアシュレの前では気丈に振舞っているが、実際はかなり追い詰められていたのだった。


「大丈夫だよ。ベナトナッシュ国は絶対に立ち直るって」


「簡単に言ってくれる。いつまた武装商団がやって来るかわからないというのに……」


乾いた笑みを浮かべたマルジャーナ。


その声には、ワヒーダの言葉への小さな怒りが含まれていた。


そう彼女が思ってしまうのも仕方がない。


現状もし敵が攻めてきたら、ベナトナッシュ国は圧倒的に兵力が足りないのだ。


そんな状況で、まるで受け流すような軽はずみな言い方にしたワヒーダに、むしろ怒鳴らなかったマルジャーナが大人と言うべきだろう。


だが、ワヒーダは俯いたマルジャーナに言葉を続ける。


「武装商団のことはあたしに任せろって昨日言ったでしょうが。誰がいなくなったって、あんたがいればこの国はなんとかなる。だからそんな落ち込む必要はないよ」


「ワヒーダ……」


両目を見開いたマルジャーナが俯くと、彼女はその身をプルプルと震わせ始めた。


その様子に嫌な予感がしたワヒーダは、思わずマルジャーナから距離を取ったが、時すでに遅かった。


「お前という奴はもうッ! そうことを言うから私はッ! 私はぁぁぁッ!」


「くっつくっての! あたしはそういう暑苦しいのは嫌いなんだよッ!」


喚きながらすがりつくマルジャーナ。


ワヒーダは必死に彼女を引き離そうとするが、もはやガッチリと掴まれてしまってそうもいかずにいた。


ノラ犬とノラ猫にエサをやりながら、アシュレはそんな二人のやり取りを見て小首を傾げている。


ワヒーダはどうして好意を伝えた後に、突き放すようなことを言うのだろう?


そしてマルジャーナはどうして拒絶されても抱きつこうとするのだろう?


二人とも好き合っているのに、どうしてもっと素直になれないのだろうと――白い髪の少女は、自分にはまだまだ心の勉強が足りないなと、改めて思った。


そのときだった。


広場のほうから住民たちの悲鳴のような大声が聞こえ、ワヒーダたちの周囲に戦慄せんりつが走る。


これは何事だと彼女たちが顔を見合わせていると、広場のほうから一人の兵士が駆けてきていた。


「申し上げます! 広場に武装商団を名乗る者が現れ、すぐにマルジャーナ様を呼ぶようにと!」


足を止め、息を切らしながらも報告してきた兵士の姿を見て、マルジャーナは広場へと歩を進めた。


もちろんワヒーダとアシュレも彼女に続き、武装商団アルコムがいる場所へと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る