#25
城下町の広場に到着すると、そこには黒髪の女がいた。
誰も連れずに、たった一人で広場のど真ん中で両腕を組んで立っていた。
その格好は、袖のない薄着で右の肩にひび割れた太陽と月の刺青があり、口元をベールで隠している。
女はマルジャーナに気がつくと、組んでいた手を解いて、彼女に声をかけてきた。
「久しぶりですね、マルジャーナ·ベナトナシュ」
「確か武装商団のリマーザ·マウトだったな。一体どうやって中へ入った? 城門が開いた音は聞こえなかったが。それと、先ほど聞こえた悲鳴は? まさか民に手を出したのか?」
別人のような冷たい声で訊ねるマルジャーナに、リマーザは鼻で鳴らして返す。
その相手を小馬鹿にするような態度が、マルジャーナを苛立たせていた。
「答えろ。もしそうなら、五体満足でこの国から出られると思うなよ」
「ちょっと驚かせただけですよ。こんな風にね」
そう返事をしたリマーザの右腕から炎が立ち上った。
彼女の手から放たれた炎が空へと舞い上がり、風に吹かれて消えていく。
その様子を見て、広場から離れていた住民たちから恐怖の声が漏れる。
「ほう、大した見世物だな。武装商団アルコムの幹部となると、大道芸人の真似事もできるのか」
しかしマルジャーナは動揺することなく、リマーザへと近づいて彼女と向き合っていた。
対するリマーザは、落ち着き払っている女王が気に入らないのか、ベールに隠れた口の中で「チッ」舌を鳴らす。
向かい合う二人を離れた位置から見ていたワヒーダは、それが大道芸人による火吹き芸の一種ではないことがすぐにわかった。
「あれは……魔法だ」
その証拠にリマーザという女の身体からは、アシュレが魔法を使用していたときに出ていた、無数の小さな光が散っている。
アシュレとの違いあるとすれば、それは彼女の右の肩にある、ひび割れた太陽と月の刺青が際立って輝いていたことだ。
白い髪の少女にはそんな現象はなかったが、今放った炎は確実にアシュレと同じ力によるものだと、ワヒーダは驚きを隠せない。
それはアシュレも同じだった。
普段その幼い容姿からは想像もできないほど冷めているアシュレだが、目の前で見た炎に両目を見開いて釘付けになっていた。
ワヒーダとアシュレが固まっている間にも、彼女たちは会話を続けている。
「相変わらず
「それはこちらの台詞だ。たった一人で私の国に許可なく入って来るなど、虎の住む穴に自ら飛び込むのに等しい」
アシュレは
彼女は二人の会話から気になったことがあったらしく、まだ固まっているワヒーダの服の袖を引っ張る。
「ねえ、ワヒーダ。とりあえず今は話したいことを置いておいて、聞いておきたいことがあるんだけど」
「うん? いや、いやいやいや! さっきのヤツを放って聞きたいことってなんだよ!? 今はあの女がやったことを考えるほうが重要だろう!?」
我に返ったワヒーダ。
それでもアシュレは譲らず、彼女に訊ねた。
マルジャーナは強いのかと、子どものように素朴なこと。
「マルジャーナって偉い人なんだから直接戦うことは少ないはずでしょ? 世界には強い王族や貴族もいるみたいだけど、それはめずらしいことだって本に書いてあったから」
「ああ、そんなことか。なら心配しなくていいよ」
「ということは?」
「あいつはあたしよりも剣の腕なら上だから」
ワヒーダの答えに「ふーん」と返事をしたアシュレ。
興味なさそうな表情だったが、白い髪の少女は急に両方の眉尻を下げ、小首を傾げた。
さて、ワヒーダはマルジャーナの心配ならいらないと言った。
そして、彼女は自分よりも剣の腕は上だとも。
それはワヒーダよりも、マルジャーナのほうが強いということなのだろうか?
体格的に見て、女性らしさを残しつつもワヒーダのほうが筋肉質であり、マルジャーナは彼女と比べたら細身だ(ワヒーダと比べたら世の女性のほとんどだが)。
やはり剣の腕という言葉から考えるに技術的な話で、総合的な強さでいえばワヒーダのほうが強いのだろうか?
「うーん、どっちなんだろう……。やっぱり言葉って難しい……」
そう呟いたアシュレの視線が再びマルジャーナとリマーザへと向いたとき、二人の会話がまた始まっていた。
「虎の住む穴って、ベナトナッシュ国はそんな怖いところでしたっけ?
「ならば試してみるか? 無駄に血を流すことは好まんが、国を
マルジャーナが腰に帯びた剣に手をかける。
リマーザのほうも彼女に対して身構え、どこか獣を思わせる
真昼の広場を緊張感が
強い陽射しが二人を照りつけ、このままマルジャーナとリマーザの戦いが始まるかと思われたが――。
「少々遊びが過ぎましたね。私は交渉をしに来たんです」
意外にもリマーザのほうから、自分には戦う意思がないと言い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます