#23

男がいなくなると、ワヒーダはマルジャーナに声をかけた。


「国が大変なときにごめんね、厄介事を持ち込んじゃって……。相変わらずあたしはタイミングが悪い……」


それは謝罪の言葉だった。


マルジャーナはワヒーダの態度から、彼女がすでにベナトナシュ国の内部事情を把握はあくしている判断し、伝えていなかったことを反対に詫びた。


それからマルジャーナは、改めて王と王妃――両親が亡くなったことと、ベナトナシュ国の状況をワヒーダに話した。


「ベナトナシュ国はここ数ヶ月間ずっと、ある組織によって国内を荒らされている」


「ああ、あれだよね。武装商団……たしかアルコムとか言ったっけ?」


「知っているなら話が早いな」


ワヒーダが敵のことを知っているのは助かるとばかりに、マルジャーナは話を続けた。


ベナトナシュ国の王と王妃は、武装商団アルコムとの戦いで負った怪我がもとで命を落とし、マルジャーナが女王となって国を継いだこと――。


そして、今でも武装商団との小競り合いが絶えないことを、簡潔に説明した。


「武装商団アルコムの目的はわかっている。どうやら奴らはこのベナトナシュ国を、麻薬の原料となる植物の生産拠点にしたいようだ」


その話の中で、どうやら武装商団アルコムから交渉を持ちかけられたらしく、敵はベナトナシュ国で麻薬を作り、サハラーウ中にばら撒こうとしていることを聞いた。


そうすればベナトナシュ国には手を出さないと言い、利益のいくらかを分け与えるとまで約束したそうだ。


当然マルジャーナはこの誘いを拒否し、交渉人だった者はまた来ると言ってベナトナシュ国から去っていった。


その交渉の後、武装商団アルコムの動きは止まり、そこへワヒーダがアシュレを連れてやってきたと、マルジャーナは言う。


「奴らはベナトナシュ国のことを舐めているのではない。父が亡くなったことで私なら手懐けられると思ったのだろう……。悔しいが、それが今の私の実力だ……」


表情を曇らせ、自嘲するマルジャーナ。


ワヒーダはそんな彼女の姿を見ながら、先代のベナトナシュ王のことを思い出す。


それは、以前に七つの小国が合同で砂漠に現れた魔物――サンドワームの群れの退治に乗り出したときだ。


当時のワヒーダはまだ名が知られていない新人で、末端の傭兵の一人として魔物の殲滅戦に参加した。


その指揮を取っていたのが、マルジャーナの父――ベナトナシュ王と、副官として王の傍にいた妃のベナトナシュ王妃だった。


ベナトナシュ王は他の国から託された騎士たちと傭兵らを見事に統率し、サンドワームの群れを全滅させることに成功する。


そのときに見たベナトナシュ王の姿は、今でもワヒーダの脳裏に焼き付いていた。


それは王の見事な統率力と、自ら先陣に立って戦える武力だけが理由ではなかった。


ワヒーダが忘れられない他の理由とは――。


ベナトナシュ王は自分が決めたことに反論する者がいれば、その人間を容赦なく切り殺すような男だったからだ。


逆らう人間は他の国の有力者であろうが、高名な騎士だろうが、身分に関係なく口を聞けぬ死体へと変える。


その気性のせいか、殲滅戦の後はサンドワームの死体よりも、味方の棺が多いのではないかと噂されるほどだった。


ワヒーダは後で知ったが、ベナトナシュ王にはその逸話に相応しい異名があった。


その呼ばれていたもう一つの名は“血棺ちひつぎ王”という。


ワヒーダはその名を聞いたときに、たしかにピッタリだと苦笑いしたことをよく覚えている。


それから数年後――。


ワヒーダはとある仕事でマルジャーナと顔を合わせることになった。


彼女は血棺王の娘がどんな人物かと思っていたら、当時のマルジャーナは父に負けない傲慢な王女だった。


護衛や侍女に理由もなくきつく当たり、さらにはどこでも座れるように、自分専用の椅子になるよう従者に命令していた。


なるほど、こいつはたしかにあの王の娘だと、そのときのワヒーダは思ったものだった。


しかし、ワヒーダとマルジャーナが出会ったときに起きた事件がきっかけで、彼女は今のような性格となった。


他人を気遣い、自然と笑みを返せるような人間へと変わったのだ。


本来は今の性格がマルジャーナの気質だったのだろう。


ワヒーダは母親のことはよく知らなかったが、あのような王の娘になると性格も傲慢にもなってしまうと、マルジャーナに同情していた。


そして現在のマルジャーナは、父である血棺王とは似ても似つかない。


王宮内にいる侍女たちにも優しく接し、時折、報告に来る配下の者らの意見も聞く立派な人間だ。


一国の主としてそれが正解なのかはワヒーダにはわからないが、少なくとも彼ら彼女らに慕われていることは“善い”ことだと考える。


それが、これからのベナトナシュ国の強みにもなると。


「マルジャーナ、あたしにやらせろ」


「やろせろとは、どういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。あたしが潰してやる。あんたの敵、武装商団アルコムをな」


左腕――鋼鉄の義手を突き出し、マルジャーナにそう言ったワヒーダ。


その言葉に対し、複雑そうな顔で彼女を見返すマルジャーナの目の前では、干し果物を突いていたアシュレが微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る