#21

――アシュレがマルジャーナとの日々を楽しんでいた頃。


ワヒーダは毎日、王宮から出ては城下町で情報収集をしていた。


時にはマルジャーナから出入国の許可を得て、ベナトナッシュ国の外まで出て調べるほどだった。


それはもちろん魔法の一族のことだ。


こればかりは他人を頼るわけにはいかない。


もしアシュレが魔法を使えることが知られれば、彼女を利用していたハシャル村のような連中が現れる。


白い髪の少女の持つ不思議な力のことは、知っている人間が少なければ少ないほどいい。


遠方の国からは、砂の大陸サハラーウは主に七つの小国によって平穏を保っているように見えるが、そのじつけして安全な地域ではないのだ。


こうしている間にもそこら中で争いが起き、強き者が搾取を続け、養分にされている弱き者がさらに弱き者を搾り取る。


その地獄絵図を嫌というほど見てきたワヒーダは、そんな世界の狂騒に少女を巻き込まないため、こうして単独で情報を集めている。


しかし、魔法の一族についての情報はあまり手に入らなかった。


所詮は、大昔に存在していたというだけのおとぎ話に出てくる一族だ。


常識として聞いたことがある人間こそ多いものの、詳しく知っている者など皆無だった。


「まあ、そんな簡単にわかるとは思ってなかったけどねぇ……」


今日も何も情報は手に入らなかった。


乾いた笑みを浮かべ、城門からベナトナッシュ国へと戻ったワヒーダ。


時間はすっかり夜になっていた。


マルジャーナから指示を受けていた門番は、ランプで自分の顔を照らした彼女を見て城門を開ける。


本来ならば夜に人を通すことはまれなのだが、女王が許可を出しているならば仕方がないと言いたそうに、門番の男は不機嫌そうにワヒーダを向かい入れた。


「次からは陽が沈む前に戻るように」


「はーいはいはい。戻れたらねぇ」


相変わらず門番がいぶかしげな視線を送っていたが、彼女はそんなことは気にしない。


他人からどう思われようが、ワヒーダはとっくに世間の評価など自分には関係ないと思っている。


そして言われたことなど忘れ、彼女は静かになったベナトナシュ国の城下町を歩いていく。


「それにしてもあたしが村にいた間に、ずいぶんとヤバいことが起きてたんだな……」


魔法の一族の手掛かりを探す中――。


ワヒーダの耳には様々な情報が入ってきていた。


その中でも最も大きな話題が、武装商団アルコムという組織のことだった。


武装商団アルコムとはサハラーウの各地で活動している戦う商人の集団で、姓もない身分の低い者たちで構成されている。


その仕事内容は、人身売買や麻薬を取り扱う。


ワヒーダはその組織の存在を名前だけは知っていたが、戦う商人の集団は、ここ数ヶ月足らずでかなり大規模な活動をし始めているようだった。


各地にあるバザールはもちろんのこと、その影響は七つの小国にも及び、もはや無視できないほど各国の深部に入り込んでいるらしい。


それは、この彼女たちがいるベナトナッシュ国にもいえた。


マルジャーナの両親であるベナトナシュ王と王妃が、武装商団アルコムとの戦争で負った怪我がもとで亡くなったことを、ワヒーダは情報を集めているときに知った。


ワヒーダは、マルジャーナが女王となっていた理由を知り、胸が痛んだ。


国内が大変なときに、こんな厄介な話を持ちこんでしまったのだ。


それを嫌な顔をせずに受け入れ、ワヒーダたちに自国の事情を話さなかった。


そして今でも、ベナトナシュ国でも人知れず麻薬が出回っている。


アシュレがそれとなく気が付いていたが、住民たちに覇気がなかったのは国の乱れからか。


客などもてなしている場合ではないだろうに……。


ワヒーダは、話をしてくれれば武装商団と戦う手伝いをするのにと思い、マルジャーナのことを脳裏に浮かべた。


それは初めて会ったときの彼女――。


周囲にいる者すべてに、悪意を振り撒いていた頃の王女を。


「あの……人を椅子にしてふんぞり返っていた女が、ずいぶんと立派になったじゃないの……」


生身の右の拳を強く握り、次に左腕についた鋼鉄の義手を見る。


暗かった顔が次第に晴れていくと、ワヒーダは夜空に浮かぶ月を見上げた。


そして、彼女は月に誓った。


マルジャーナが自分たちを受け入れてくれたことの、それ以上の礼を持って彼女へ借りを返そうと。


明日をも知れぬ生き方をする傭兵としては、そのような考えは自殺に近かった。


だが、これがワヒーダの生き方だった。


この考えはハシャル村でアシュレと出会ってから、これまで以上に彼女の人生に色をえていた。


もう二度と人を殺した金で生活はしない。


ハシャル村で白い髪の少女を連れ出してから、自分は生まれ変わったのだ。


これからは少女と共に善い人生を――。


「ただいま」


ワヒーダは城下町を抜け、王宮の中庭へと着いた。


庭にある小屋のドアを開けて中へと入ると、そこではアシュレが鏡を見ていた。


「おかえり、ワヒーダ。今日マルジャーナが服をくれたよ」


アシュレが着ていた服は、下半身まで隠れる長いチュニックにフードが付いたものだった。


その服に灰色と白色の布を使っているのは、おそらくあえて地味なものを用意させたのだろう。


マルジャーナらしい気遣いだと、ワヒーダの顔に笑みがこぼれる。


「なかなか似合ってるじゃない。でも、あとは寝るだけだろうに、どうしてそんな格好してるの?」


「これから食事するからだよ。行こう、マルジャーナが待ってる」


どうやらアシュレは、ワヒーダが戻るまで夕食を我慢していたようだった。


話からしてマルジャーナもだ。


二人とも先に食べていればいいものの、ベナトナシュ国へ来てから三人は一緒に食事を取っていたので、そのせいかと肩をガクッと落とす。


「あんたらは……なんで待っちゃうかねぇ」


ワヒーダは悪いことをしたなと思いながら、少女に手を引かれて宮殿内へと向かった。

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