#12
地面に片膝をついて、呻くワヒーダ。
剣を支えになんとか倒れずにすんでいるといった様子だ。
「ワヒーダ? どうしたの?」
「マズった……。多分、毒だ。村の連中……あたしのメシに毒を盛ってやがったんだ」
呆けた顔で寄り添ってきた白い髪の少女に、ワヒーダは自分の身に何が起こったのかを口にした。
彼女の顔がみるみるうちに青ざめていく。
手足は震え、片膝をついている状態さえ辛そうだ。
こんな状態では剣を振るどころか、立って走ることさえできない。
しかし、すでに彼女たちは村人たちに囲まれている。
絶体絶命とは、まさにこの状況のことをいうのだと、ワヒーダは青ざめた顔を激しく歪める。
「ようやく効いてきたようだな」
ワヒーダと白い髪の少女を囲んだ村人らの中から、村長ブルハーンが現れた。
ブルハーンは剣を片手に、もう一つの手で長い髭を擦りながら二人に近づいてくる。
それに息を合わせるように、囲んでいた村人たちもゆっくりと歩を進めていた。
「忠告を無視しましたな、鉄腕のワヒーダ」
「あんたは村長の……たしかブルハーンとか言ったっけ?」
ワヒーダは震える足を奮い立たせて起き上がり、剣を構える。
彼女が身構えると、村人たちから悲鳴のような声が漏れた。
毒を盛られているのにまだ動けるのか?
やはりあの女も化け物の仲間だと、軽蔑する言葉が飛び交っていた。
周囲から一斉に畏怖の声が湧き上がったが、ワヒーダは笑っていた。
青ざめた顔で笑みを作り、肩を揺らしていた彼女は村人たちに向かって言う。
「化け物か……。たしかにあたしの見た目じゃそう言われてもしょうがない……。この子なんて、あり得ないことを実際に起こしちゃうしね……」
笑っていたワヒーダの顔が引き締まる。
緩んだ表情が真顔になり、急に声を張り上げる。
「だけどね! この子よりもお前らのほうがよっぽど化け物だと思うよ! こんな小さな女の子を暗い牢屋に閉じ込めて、一生飼おうだなんて人間のやることじゃない!」
「黙れ! お前のような無法者に何がわかる! 国から見捨てられたこの村にいる者たちは、それこそ死に物狂いで生きてきたんだぞ! それを、ようやく手に入れた安息の日々を、お前のような人を殺して金を得るクズに奪われてたまるか!」
ワヒーダの怒声で怯んでいた村人たちだったが、ブルハーンの言葉を聞いて士気を取り戻した。
そうだ、自分たちは間違ってなどいない。
恨むならそんな力を持って生まれたことと不条理な世界を憎めと、村の正当性を主張し始めていた。
夜の湖に響き渡る村人たちの歓声のような激は、まるで辺りを狂気で覆い尽くすかのようだった。
「ハハハ、やっぱ口喧嘩は弱いわ、あたし……。別に言いくるめるつもりはなかったけど、逆に敵さんらを元気にしちゃったね……」
「ワヒーダが口喧嘩が弱いのは事実だけど。でも、あなたのほうが“善い”と、僕は思う」
白い髪の少女はそう言うと、ワヒーダへと手を伸ばした。
その小さな手のひらが彼女の背に触れる。
支えようとしているのか?
子どもが大人の体を支えられるはずないだろう?
「こんなときに……大した度胸だよ、あんた……」
軽口を叩いて返す。
下がっていろと叫びたいところだが、少女の優しさに吐こうとした言葉が変わってしまった。
怖いもの知らず。
――と、いうのとは違うのだろうが、どうしてだが、傍に少女がいるだけで奮い立つ。
ワヒーダは少女の頼りない支えに胸が熱くなっていくのを感じていると、次の瞬間、彼女の体を光が包み始めた。
その光はやがて水へと変わり、凄まじい勢いでワヒーダの全身を包むと、青ざめていた顔がもとの血色の良いものへと戻っていく。
奇跡のような光景を突然見せつけられた村人たちは、先ほどのワヒーダのように青ざめている。
雲一つない夜空に浮かぶ星々など遥かに超える輝く光を目にし、その身を震わしては仰け反り、恐怖のあまり動けなくなる者までいた。
「苦しみが止んだ……。あんた、こんなこともできるの?」
「僕の力じゃないよ。これは湖に住む精霊たちの力。水の精霊たちが僕に魔力を与えてくれてるんだ」
ワヒーダは腹を擦り、さらに手足を動かして自分に起きた奇跡に驚きを隠せなかったが、すぐに我に返って剣を構え直した。
そして、刃の先を狼狽えているブルハーンへと突きつける。
「さて、毒さえ抜ければこっちのもんだよ。どうする、村長さん? あたしと剣を交える勇気はある?」
「くッ!? まさかそんなこともできるとはッ!? 皆の衆! 数ならこちらが上だ! この女を殺せ! あと“あれ”は生きてさえいればどうでもいい!」
「やる気なんだ? 殺しは最後の手段って決めてたけど、そっちがかかってくるなら、あたしも大事なもん守るために戦うよ」
言い返したのと同時に、村の若い衆が一斉に彼女へと飛びかかった。
背後には湖、正面には数十人の剣や
逃げ場などはないが、それでもワヒーダは笑ってみせる。
「ちょっと下がってて。でも、あまり離れすぎないようにね」
ワヒーダは少女にそう言うと、向かってくる若い衆たちに斬り返す。
まずは三人の男の鍬の
彼女よりも大きな男を一瞬で切り伏せる。
もちろん刃は立てていない。
すべて峰打ちである。
「まだやるなら次は容赦しない。さあ、自殺願望があるヤツからさっさと来なよ」
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