#13

村人たちの目から狂気が消え、その場にへたり込む者も出てきていた。


女子供は当然のこと、大の男ですら完全に戦意を失った状態だ。


彼ら彼女らは、自分たちが勘違いをしていたことに気がついた。


これまでに何人もの傭兵を口封じで殺してきた経験が、我々は強いと錯覚をさせていたのだ。


だが事実は、武器を持たない人間を集団で囲んでなぶり殺すという、むしろ個々の弱さが際立つ行為でしかない。


そんな者らが真正面から本物の強者と向き合ったとき、ようやくその夢から覚める。


自分が弱者だったことを思い出す。


ワヒーダが実力者というのもあっただろう。


凡庸な傭兵でもきちんと武装さえしていれば、村人の集団などには負けることはないが、彼女は向かってきた男たちを数秒で倒してみせた。


もし襲いかかった若い衆らがワヒーダとそれなりに打ち合えていたら、ここまで村人たちも戦意喪失していないはずだ。


「僕がいることも忘れないでね」


白い髪の少女は、村人たちが後ずさったのを見ると、ワヒーダの隣に並んだ。


冷や汗をいたワヒーダが少女に言う。


「あんまりやり過ぎないように」


「ワヒーダが想像してるようなことはしないよ」


そして両目をつぶり、開いた右手をゆっくりと前へ突き出した。


すると、先ほどのように再び光が放たれ、やがてそれが水へと変わり、砂の大地から空へ向かって噴き上がる。


噴水のようなそれは、湖周辺の至るところから現れた。


水が砂を突きつけ、空へと舞い上がる。


その光景に、村人たちは天変地異でも起きたかのように腰を抜かし、ワヒーダだけでも十分失われた戦意がもはや完全になくなる。


剣やくわを捨て、家族同士、恋人同士、友人同士で抱き合い、全員がその場に屈する。


そんな村人たちを見た白い髪の少女は、「ふぅ」とため息をついていた。


安堵する表情から少女の考えが伝わる。


おそらくこの行動は、彼女なりのダメ押しだったのだろう。


これ以上こちらを攻撃してこないようにするために、あえて派手な魔法での演出をしてみせたのだ。


「くッ!? お前たち!? ……諦めてたまるか! 村の安息は村長であるこのブルハーンが守ってみせる!」


ブルハーンは完全に戦意を失った村人たちを眺めると、松明を放って一人で突進してきた。


剣を振り上げ、狂人のような形相でワヒーダに向かって刃を向ける。


動きは素人であることは明白だが、相手の間合いを考えずに飛び込んでくる者は、それはそれで恐ろしい。


ブルハーンの鬼気迫った表情も、その捨て身の攻撃に色を添えている。


「あんたじゃ無理」


ワヒーダは飛び込んできたブルハーンに対して、思いっきり打ち返した。


重なった鋼鉄が悲鳴のような金属音を鳴らし、見ればブルハーンが使っていた剣が砕けている。


そして一瞬で背後へと回り込み、剣の握る部分の先端――柄頭つかがしらをブルハーンの後頭部に打ちつけた。


この一撃でブルハーンは沈み、白目をむいたまま砂の上に転がった。


それを見たワヒーダは、次に地面へ屈している村人たちへ視線を向ける。


誰もが震え、中には許しを請う者までおり、そんな村人たちの姿を見た彼女の口元は、激しく歪んでいた。


「……気が変わった。なあ、あんたが許せないなら、こいつら皆殺しにしてこうか」


「それでワヒーダが満足するならいいと思うけど。でも、それって“善い”こと? “悪い”こと?」


小首を傾げ、訊ねて返してきた白い髪の少女。


ワヒーダは本気でハシャル村の人間らに殺意を覚えていたが、少女の問いにしばらく考えると、剣を収める。


「わからない……。だけど、やっぱやめとく」


最初は犠牲を出さずに逃げるつもりだったというのに、一体どういう心境の変化だこれはと、彼女自身もよくわかっていない。


自分たちが優位に立つと攻めるくせに、不利になると命乞いを始めた連中に苛立ったのはたしかだが。


それ以上になんかこう……上手く言葉にできない感情がワヒーダの中で渦巻いていた。


「そう……。うん。僕もそっちのほうがいいと思うよ」


白い髪の少女は、それがワヒーダが自分の鬱憤うっぷんを晴らすためだけではないと感じたのだろう。


だからこそ少女はワヒーダに、満足するならやればいいと言い、その後に“善し悪し”を問い、どちらが望む道かを選ばせた。


結果、ワヒーダは村人たちに対する殺意を押し殺した。


ここで村人を皆殺しにするのは、彼ら彼女らが少女にしてきたことに対する罪であり罰。


しかし白い髪の少女は、村人たちを裁くことを望んではいない。


ならば、自分が決着をつけることではないだろうと――ワヒーダは、完全に納得いったわけではなかったが、無理矢理に折り合いをつけることにした。


それでも顔には、消せない不快感が出てしまっている。


「行こう。もうここに、僕らを止めようとする人はいない」


少女がワヒーダを見上げながら服のすそを引っ張ってくる。


心配そうな表情で、早くこんなところから出ようと。


それは少女が出たいというよりも、自分に気を遣っているようだと、ワヒーダは感じた。


「……だね。じゃあ、適当に旅に必要な物を取ったら出ようか」


「泥棒するの? それって“善い”ことかなぁ。状況が状況なだけに、仕方がない気もするけど」


「金は払うつもりだから盗むわけじゃないって!」


ワヒーダは、旅に必要最低限の物を住居から手に入れると、報酬でもらっていた硬貨をすべて村に置いていった。

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