#29
身を乗り出し、イザットにそう言ったアシュレ。
少女に
「意見を出してもらえるのは
「うん? 王宮の書庫にあった本。マルジャーナが読みながら意味を教えてくれた」
アシュレの返事を聞いたイザットは、マルジャーナに視線を送った。
彼に見られた女王は、目をそらして気まずそうにしている。
その態度からそれとなく理解できる。
どうやらマルジャーナは、アシュレに基本的な勉強だけではなく、戦術や戦略などの軍事学も教えていたようだ(他にも子どもが習わないような学問も教えてそうだ)。
イザットはため息を吐くと白い髪の少女を見下ろす。
「たかが本を読んだくらいの子どもが、大人の戦争に口を出すなと言っているんだ、私は」
「あなたの言う通り僕は子どもで戦争の経験はないけど。それでも過去の知識や著者が考えたことは馬鹿にできないよ。どんな賢者だって必ず過去から学ぶんだから」
「口だけは達者だな。では、聞くだけ聞かせてもらおうか。賢者気どりの作戦とやらを」
イザットは「フンッ」と鼻を鳴らして押し黙った。
だが、その態度は明らかに威圧的だった。
少しでも話に穴があれば、すぐにでも突いてやるとでも言わんばかりに。
アシュレは気にせずに説明を再開する。
「さっきも言ったけど、敵が城下町に入る手段があるなら街での戦い方を考えたほうがいい」
不利な市街戦になるならば
街の道を封鎖し、敵が進んでくる道を一本にする。
線になった狭い道では、敵は大勢で襲って来れない。
そこをバリケードに身を隠しながら敵の侵入を防ぐ。
こうすることで武器の扱いに慣れていない民たちでも十分に対応できると、アシュレは過去に守る側で市街戦を成功させた話からの戦い方を伝えた。
この白い髪の少女の考えには、さすがのイザットも何も言い返すことができずにいたが、彼はそれでも知恵を振り絞るような顔で口を開く。
「た、確かに理にかなっている……。だがそれは、戦うのが経験のある兵士であればこそだろう? 事実、君も民たちが、武器の扱いに慣れていないと言っているではないか」
イザットはアシュレの作戦を認めながらも、やはり穴があると言い始めた。
民たちでは重い剣を振って敵を食い止めることは不可能。
それはいくらバリケードがあろうと変わらないと。
イザットの反論にアシュレが表情一つ変えずいると、そこへワヒーダが会話に入ってきた。
「あたしも同じことを思ったよ。だからさ。剣じゃなくて槍にかえればどうだって言ったんだ」
「槍だと? バカな、それこそ剣よりも重いではないか」
「誰が兵士が使う槍をそのまま使うって言ったんだよ」
ワヒーダは鼻で笑ったイザットに言葉を続けた。
民たちには
トライデントとは、フォークのように穂先が並んでいるもので平行に並んでいるものもあれば、両側の刃が外側に広がるようになっている槍だ。
また刃の長さも三つともがそろっているもの、真ん中が長いもの、逆に両側の方が長いものと様々な種類がある。
用法は普通の槍と同じで、基本的に突いて使う。
三つ叉になっているおかげで敵の刃を受け止めることができ、攻撃が命中した際にも深く突き刺さり過ぎないところが利点だ。
さらには武器としてだけでなく、農具、漁具としてもなじみのある形状であるため、農民などにも扱いやすい。
「バカなことを。そう都合よくトライデントの数がそろっているはずがないだろう。ベナトナシュ国の槍は一般的なロングスピアなんだぞ」
イザットがワヒーダの案を嘲笑っていた。
彼の言うことはもっともで、ベナトナシュ国だけでなくサハラーウ全体で使われている槍はロングスピアが主流である。
「でもピッチフォークなら街中で見かけたよ。それを使ってバリケードから応戦すれば、そこそこ戦えるようにはなるんじゃない?」
ピッチフォークとは、長い柄と長くて広がった歯を持った農具だ。
刈り取った麦や干草、葉、ブドウの実、その他の農作物など柔らかいものを持ち上げたり、投げたりすることに使うものだが、まともな
これならばむしろトライデントよりも民に馴染みがあると、ワヒーダは意気揚々と反論してきたイザットに、口角を上げながら言った。
何も言えないイザットは、ただ彼女の笑みを見ながら激しく
マルジャーナが二人の様子を見て言う。
「決まりだな。ワヒーダとアシュレの考えた作戦を実行しよう」
イザットの表情がさらに強張り、彼はマルジャーナに詰め寄った。
「マルジャーナ様!? 子どもの言葉に国の命運を託すのですか!?」
「僕は子どもだけどワヒーダは大人だよ」
「くッ!?」
アシュレがボソッと言うと、イザットはもう何も言わなかった。
ただ黙り込み、その後の彼はマルジャーナの指示を受けてその場を去っていく。
一応はアシュレとワヒーダの作戦を受け入れたということか。
「ねえ、マルジャーナ」
「なんだ、ワヒーダ? イザットの態度についてなら、私からも謝罪するから許してもらいたいが」
「いや、そんなことはどうでもいいよ。それよりも今話したこと以外にも、あんたに話しておきたいことがあるんだ」
そんな彼の背中を見ていたワヒーダの顔からは、先ほどの相手をからかうような笑みが消えており、まるで敵でも見るかのような視線を送っていた。
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