#30
――マルジャーナの指示により、戦えると判断された民たちには武器が配られた。
それは剣ではなく、ワヒーダの提案したピッチフォークだ。
幸いなことにベナトナシュ国に住む民は小さいながらも畑を持つ家が多く、問題なく人数分そろえられた。
渡され民の誰もが「こんなもので戦えるのか?」と首を傾げていたが、担当の兵士から詳しい内容を説明され、それならばと納得していた。
それからアシュレの考えた作戦通りに城下町の道という道を塞ぎ、王宮へと続く一本道にする作業が住民たちや兵士らの手によって
その作業にはもちろんイザットもワヒーダも参加し、マルジャーナ自らも指揮を執って実行した。
作業は陽が落ちるまで続いたがなんとか終わり、城門の見張りはそのまま、各自、交代で休憩を取ることになった。
「ふぅ、やっと一息つけるねぇ」
「ご苦労様。でも、僕も手伝いたかったな」
「そこは子どもの特権ってヤツだよ。それにあんただって別の仕事してたんだから、別に気にしなくていいの」
その作業中には、アシュレは女子供たちと共に食料や傷薬をまとめる仕事をやっていた。
それは、重たいものを運ぶ仕事に腕力のない者では効率が落ちるという、マルジャーナの判断だった。
一応これでいつ敵が来ても対応できる形となり、現在ワヒーダとアシュレは、王宮内にあるマルジャーナの部屋で休みを取っていた。
「夕食を持ってきたぞ」
そこへ、三人分の食事を持ったマルジャーナが現れた。
女王が自ら食事を用意するなど他の国ではあり得ない。
当然イザットや侍女たちは止めたが、彼女は人手が足りない状態だと言い、今日からはすべて自分のことは自分でやると宣言していた。
今夜の食事もマルジャーナが自身で作ったものだ。
それはパンを切り、それに野菜や肉を乗せただけの簡素なものではあったが、マルジャーナは以前から料理に興味があったらしく調理を楽しんでいたらしい。
「へー、初めてにしてはやるじゃないの」
「うん。とっても美味しい」
マルジャーナの作った料理を喜んで食べるワヒーダとアシュレ。
褒められたマルジャーナは照れているのか、少し
「こ、こんなものでよかったら毎日作ってみせるぞ。それにもっと凝った料理だって覚えて――」
「いやメシのことよりもさっきの続きを話そうよ。作業を優先したからできなかったし」
言葉を遮ったワヒーダに、マルジャーナはしょんぼりしながらもすぐに真剣な表情となって頷き返した。
ワヒーダが話そうとしていたこととは、昼間に城下町に現れた武装商団の幹部リマーザ·マウトのことだった。
突然現れた口元をベールで隠した女が操っていた炎――それは大道芸人のやっているようなものではなく、おそらく魔法だと彼女は言った。
マルジャーナがその話を聞いてとても信じられないと返すと、ワヒーダは「そう思うよな」と口を開く。
「あのリマーザとかいう女の右肩に刺青があっただろう?」
「ああ、確かひび割れた太陽と月だったか。それがどうしたんだ?」
「あいつが炎を放ったときに、その刺青が光ってたんだ」
それからワヒーダはさらに詳しく話をした。
あの光がアシュレが魔法を使ったときに出ていたものと、同じであるということを。
マルジャーナは実際にアシュレが魔法を使うところは見ていないが、ワヒーダと少女が嘘を言っていないと信じていた。
だが彼女は、どうしてもまだ魔法の存在が信じられないのか、ワヒーダではなくアシュレに訊ねる。
「アシュレもそう思っているのか? あの女が使っていたのは魔法だと?」
「うん。だけど、僕のとは少し違う感じもする。だってこの国へ来てから、ずっと精霊たちの声が聞こえないから」
それから話題はアシュレの魔法についてになった。
どうやら彼女の話によると、ベナトナシュ国の中では精霊たちの声が届かないようだった。
アシュレが魔法を使えるのは、水や風、木々や大地といった自然に宿る精霊たちから力を借りることができるからだ。
実際にアシュレも精霊の力なしで魔法を使えるか試してみたが、何度やっても上手くいかなかったらしい。
「なるほどな。それで国内で悪夢を見たという者や、奇形で産まれてくる家畜が出たと聞かなかったのか」
マルジャーナは、最初に二人から話されていたハシャル村でのことを覚えていた。
アシュレの周囲には精霊が集まる影響で、不思議な現象を彼女の周りで起こしてしまうことがある。
だが実際には王宮でも城下町でも、その手の話も噂さえも出なかった。
てっきりアシュレにはその現象を制御できるのだとマルジャーナは考えていたが、そうではなかったことを彼女は今の話から察した。
「さすがマルジャーナ。よく覚えてたね」
「そ、そうか? もっと褒めてくれても構わないぞぉ!」
ワヒーダの言葉にマルジャーナの声が上ずり、表情が緩んだ。
そんな彼女を見たアシュレは「これがなければ完璧なのに……」と、心の中で残念に思っていた。
そしてため息をつくと、白い髪の少女は言う。
「魔法さえ使えれば……僕が国を守れるんだけど……」
そう言ったアシュレの姿は、何もできない自分の無力さに、酷く打ちのめされているようだった。
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