#31

力なくうつむき、まるで懺悔ざんげでもするかのような姿勢。


アシュレはマルジャーナの力になりたかった。


彼女の国を守りたかった。


だが、魔法を使えない自分は役立たずでしかないと、申し訳なさそうに肩を落としていた。


ワヒーダはそんな白い髪の少女の姿を見ても、声をかけることができなかった。


彼女は少女のことをよく知っていた。


生まれて間もない頃から檻に閉じ込められていたアシュレだが、彼女には精霊から様々なことを教えてもらった知識があり、その影響か飲み込みも早い。


さらには無表情でわかりづらいが、他人や知らないことを理解したがる好奇心を持っている。


それと檻の中で人と関わることが少なかったせいか、自分への関心は薄い(彼女の興味は外に向けられている)。


そして、その他人への興味はそのままアシュレの性格を形成していた。


彼女の興味が好意へと変わったのは、ワヒーダが最初だった。


そして現在、アシュレが自覚して他人を好きだと想える相手は、今傍にいるワヒーダとマルジャーナなのだ。


これまで優しくしてもらえることがなかったのもあるだろう。


アシュレはマルジャーナの役に立ちたくて仕方がない気持ちでいっぱいだ。


しかし、今の彼女は見たままの子どもで無力でしかない。


そんな自分を情けないと責めている。


これまで自分にできないことなどないと思っていた彼女だ。


少し違うのかもしれないが、アシュレにとってこれが生まれて初めての挫折ざせつ


気にするなと言われても気が晴れるわけがない。


そんな状態のアシュレに、自分はなんて言ってやれるだろう……。


ワヒーダには彼女の気持ちが理解でき、とてもはげますことができなかった。


「何を言うんだ、アシュレ?」


部屋の中が暗い雰囲気で埋め尽くされたとき、マルジャーナは白い髪の少女に向かって微笑んでいた。


ワヒーダにはすぐにわかった。


マルジャーナが、落ち込んでいるアシュレのことを励まそうとしていると。


当然、彼女の性格ならそうするだろうことはわかっていたが、ワヒーダはそこまで気が回っていなかった。


「……今が良い機会だな。よし、話は脱線してしまうが言っておこう。私はお前に伝えておきたかったことがあるんだ」


不味い。


マルジャーナが言葉を続けようとしている。


気にすることないと元気づけようとしている。


これが魔法に関係ないことだったらそれでいいが、今のアシュレに軽はずみな言葉を逆効果だ。


ワヒーダは心の中で「バカ、やめろ!」と叫んだが、すでに喋り出していたマルジャーナを止められるはずもなかった。


「ちょっ、マルジャーナ!?」


それでも慌てて止めようとしたワヒーダだったが、マルジャーナはアシュレに向かって言葉を続ける。


「君には本当に感謝している」


「えッ……?」


マルジャーナは、ワヒーダが想像していたことは口にしなかった。


これにはワヒーダも言葉を失い、顔を上げたアシュレも小首を傾げていた。


なぜ感謝をしているんだ?


どうしてお礼を言われるの?


ワヒーダとアシュレは、それぞれマルジャーナに訊ねたそうな顔をしていた。


そんな二人の表情に応えるように、マルジャーナは礼の理由を話し始めていた。


「いきなりそう言われてもわからんよな。ふむ、やはり順を追って話そう。私が礼を言いたい理由のは、君がワヒーダを変えてくれたからだ」


マルジャーナは背筋を伸ばすと、アシュレに向かって詳しい内容を説明し出した。


彼女がいうアシュレがワヒーダを変えたというのは、それは昔のワヒーダと比べてという話だった。


マルジャーナが出会った頃のワヒーダは、剥き出しの刃のような人物で、誰も近寄らせない雰囲気をまとっていたらしい。


実際に彼女は声をかけられても最低限の返事しかせず、愛想など皆無かいむだったようだ。


初めてワヒーダを見たマルジャーナは、彼女の態度とその左腕の義手のせいもあって“鉄でできた女”といった印象を持ったと言う。


「何が気に入らないのか、終始しゅうし周りを威圧しているような奴だったよ。そのときの私は、世の中にはあのような女もいるのだなと思った」


「あらら、そんなんだったっけ、あたしって? そりゃあんたと出会ったときはまだ若かったし、多少とがってはいた自覚はあるけどさ」


「あれで多少などとよく言えるな……。あのときのお前と比べたら、腹を空かせた虎のほうがまだ愛嬌あいきょうがあると思うぞ」


「なんだよそれ!? だったらあんときのあんただって酷いもんだったでしょうがッ!」


「そこでなぜ私の話になるんだ!? お前がその気ならこっちだってまだまだいろんな話があるんだぞ!」


ワヒーダが声を荒げてから、二人の不毛ふもうな過去のさらし合いが始まったが、それもすぐに笑い話になって終わった。


声を大して笑い終わったワヒーダとマルジャーナは、二人同時にアシュレのほうを向くと、少女の肩を掴んだ。


それぞれ右と左と対称的になり、彼女は先ほどからの笑みはそのままに、ニッコリと言う。


「というわけだ、アシュレ! 私からワヒーダをほがらかにしてくれた君に、最大の感謝を!」


「アシュレ! 魔法を使えなくったってあんたは役に立ってるよ! 少なくともあたしとマルジャーナにとっては絶対にッ!」


彼女たちの言葉に、アシュレは胸が熱くなっていくのを感じていた。


おまけに目頭まで熱くなる。


「なに……これ……? なんなんだよ、この感じぃ……」


アシュレは初めて感じる体の異常に、わけがわからないまま、ただ必死になって堪えるのだった。

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