#32

それから話題は、武装商団アルコムの幹部リマーザ·マウトへと変わった。


あの女が使っていた炎を操る力は、アシュレと同じ精霊の力を借りて得ているものなのか?


それとも自分たちが知らない方法――他に魔法を使えるようになる手段があるのか?


アシュレがベナトナッシュ国に入ってから、精霊の声が聞こえなくなったことと関係があるのかなど、様々な憶測が出たが飛び交ったが、結局、答えは出なかった。


「わかりきったことだったが、今は考えても仕方がないか……」


「そうだね。それよりも今はこれから来る武装商団への対処を考えよう」


マルジャーナとワヒーダがそう言い合うと、会話の内容がまた変わり、今度はリマーザ率いる武装商団との戦い方になった。


その話題になると、これまで黙っていたアシュレがようやく口を開いた。


彼女の考えていた作戦は、すでにマルジャーナの指示で配置済みだった。


それは城下町の道のほとんどを塞ぎ、進む道を王宮への一本道へと変えることだ。


あとはバリケードに身を隠し、敵を迎え撃つ。


アシュレとワヒーダのアイデアで、武器の扱いに慣れていない民たちに槍のような柄の長い武器――ピッチフォークを持たせる案もとっくに全員に渡し終えている。


「問題は……やはりにあのひとになるけど……」


アシュレが沈んだ声で言った。


普通の相手ならば、この過去の戦術から学んだやり方で通用する。


だがあの炎を操る女――リマーザ·マウトの効果があるかは、正直なところ疑問だった。


リマーザは魔法が使えるのだ。


防柵は敵の突進を遮り、槍や矢から身を守ることができるが、もしあの女が炎を放てば、それだけですべてが焼き尽くされてしまう。


「それならば心配はいらない。リマーザ·マウトの相手は私がするつもりだ」


改めて作戦内容を話し、リマーザのことで会話が止まったとき――。


マルジャーナが口を開いた。


どうやら彼女は、具体的な案が出なかったときは、最初から自分がリマーザと戦うつもりだったようだ。


だがアシュレは、それに反論。


戦争において、総大将を倒されることは敗北を意味する。


それに加えて、マルジャーナはベナトナシュ国の主だ。


彼女が単身で得体の知れない敵と戦うことは、勝負を時の運にかけることになると。


「大丈夫だ、アシュレ。こう見えても私は強い。あのような賊に遅れを取ることはない」


「いくらマルジャーナが強くても、やっぱりあなたが一騎打ちをするのは不合理だよ。それに、なにより危険な真似をしてほしくないし……。指揮を執る人だって必要だしッ!」


アシュレは理屈を並べて、必死にマルジャーナを引き留めようとした。


それは本から学んだ戦争の基本に沿っていないという理由である以上に、なにより彼女の身を案じてのことだった。


もしアシュレが実際にマルジャーナの強さを見ていたら、少しは考えが変わったかもしれないが。


華奢きゃしゃな彼女では、リマーザには敵わないとアシュレは思っていた。


「ならあたしならいいよね?」


アシュレとマルジャーナが互いに一歩も譲らないといった状況の中――。


突然ワヒーダが立候補した。


当然マルジャーナは猛反対をした。


ワヒーダの実力はここにいる誰よりも知っているが、それでもやはり自分がやると言って、彼女に喰ってかかり始める。


そんな二人の傍で、アシュレは黙り込んでいた。


ワヒーダの立候補に反対こそしなかったが、ただ苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


アシュレの頭の中では、それが最善の策だとわかっているのだ。


理屈でいえば、総大将であるマルジャーナをリマーザと戦わせられない。


ならば今いる戦力の中で最も信頼でき、そして最も屈強な戦士をぶつけるべきだいうことを。


しかし、それでもワヒーダに危険な目に遭ってほしくないのが本音。


マルジャーナと同じ、いや、それ以上にあの女と戦ってほしくない。


それでも、ワヒーダ以外にリマーザと戦えそうな人材はいない。


それでも無理に知恵を絞り、アシュレは別の提案をした。


「あの人……イザットの強さはどれくらいなの? 兵を率いるような人なんでしょ? だったら――ッ!」


「雑兵くらいならば問題ないが……。あいつを戦わせるくらいなら、私が出たほうがいいだろう……」


ベナトナシュ国に残っている人材から、アシュレはイザットの存在を思い出し、彼ならばリマーザと張り合えるのではと言ったが。


どうやらマルジャーナの態度からして、イザットは実力的に彼女よりも劣るようだった。


アシュレが本で得た知識では、女性よりも男性のほうが強いはずだったが、どうやら現実ではそういうわけでもないらしい。


「だからあたしがやるって。武装商団のことは任せろって言ったでしょ?」


「しかし、しかしだな……。やはり私がやる! 異論は認めんぞ! アシュレ聞いてくれ! 私は以前にワヒーダに勝ってるんだ!」


取り乱したマルジャーナが叫ぶように言った。


かつて二人は試合で剣を交えたことがあり、その勝負ではマルジャーナが勝利したようだ。


アシュレがこの話に驚いていると、ワヒーダは呆れた顔で口を挟んでくる。


「たしかに剣だけの勝負ならあんたのほうが強いよ。でもね。こいつは試合じゃないんだ。なんでもありなら、あたしは誰にも負けない。そのことはあんたが一番知ってるでしょうが?」


「うぐぐ……。そう言われたら何も言えんが……。だが、納得はできん……」


うつむくマルジャーナ。


アシュレもまた何も言えず、二人は黙り込んでしまった。


そんな彼女たちに、ワヒーダは言う。


「あたしにはあの女を倒せる策がある。そいつを聞けばあんたらも納得できるよ、きっと」

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