#33

――ワヒーダがアシュレとマルジャーナに策があると言ってから数日後――。


ベナトナシュ国の王宮では、民の訓練が行われていた。


それはこれまで戦いとは無縁だった民たちにとって厳しいものだったが、女王であるマルジャーナが直々の指導というのもあって、誰も脱落することなく続けられた。


場所が狭い中庭というのもあったのだろう。


狭い場所では全員の訓練が一度にはできず、交代でしっかり休みを取れたことも、民たちが耐えられた理由だった。


「そうだ! 自分の役割を忘れるな! 味方が敵の攻撃を受けたら、その間に武器を突け!」


王宮の庭に、マルジャーナの張りのある声が響き渡る。


民たちは彼女の声に合わせて、指示された動きを見せていた。


まだまだぎこちないところもあったが、自分の国は自分で守ると決めた民たちの士気は高く、おおよそマルジャーナの思う通りには仕上がっている。


「ねえ、ワヒーダ。あれはどういう訓練なの?」


アシュレは、軍事こそマルジャーナから教わっていたが、武器の扱いについては全く知らなかった。


そのせいか、今やっている民たちの訓練がどういうものなのかが気になったようだ。


アシュレが好きな物語が書かれた本――英雄譚に出てくるような武器の多くが魔法じみたばかりで、現実の戦い方などほとんどっていない。


さらには王宮の書庫に剣術や槍術などの指南書がなかったことも、彼女が武器の扱いについて無知だった理由の一つだった


「あれはねぇ。自分よりも強い相手をどう倒すかを教えてるんだよ」


訊ねたワヒーダは説明した。


マルジャーナの指導内容は、三人一組になって戦うというものだった。


まず防御役が攻撃を受け、残りの者が敵を迎撃する。


防御役と攻撃役の人数の割り振りは、そのときの状況や相手の脅威度によって変えるようにする。


この戦法によって一対一または戦場での乱戦においても、武器の扱いに慣れない人間でも十分に戦力となることができる。


さらにいえば、三人一組というのが戦場の経験のない者にとって心強い。


人間は恐怖を個では抱えていられないが、集団となれば乗り越えるのも容易たやすいのだ。


「とまあ、そういうわけで三人で組ませてるんだよ」


「なるほど、よく考えられている。ねえ、説明できるってことは、あれはワヒーダも知ってるやり方なの?」


「ああ、知ってるよ。でもあたしの場合は、ああいう形の三人一組に襲われた経験から知ってただけだどね」


「そっか。なんかいかにもワヒーダらしい話だね」


説明を聞いたアシュレは思った。


知識は人から教えてもらったり、本で覚えるだけではなく、ワヒーダのように経験からも得られるのだと。


アシュレはまだハシャル村で牢屋にいた頃は、自分には十分な知識があると思っていた。


だが、けっしてそんなことはなかった。


マルジャーナから教えてもらった本の知識に加え、ワヒーダのような体験から学ぶこともある。


彼女は、正直いってもう勉強するつもりはなくなっていたが、自分にはまだまだ知らないことが多いと思い直していた。


その後に民たちの訓練が終わり、輝く太陽の下で彼女たちが休んでいると、空から声が聞こえてきた。


「こんにちはベナトナシュ国の皆さん! 私、リマーザ·マウトが約束通り来ましたよ!」


声のするほうを見ると、そこに立っていたのは口元をベールで隠す女――リマーザ·マウトだった。


リマーザはどうやったのか城壁の上におり、そこから城下町を見下ろしながら叫んでいた。


やはり以前に街に入ったときのように、どこかに中へ入る抜け穴があるのだろう。


しかも今回は、かなりの数の配下も引き連れていそうだった。


城門の開く音が聞こえ、そこから武装商団アルコムの連中が入ってくる。


その全員がリマーザと同じベールで口元を隠し、さらには頭にターバンを巻いていた。


持つ得物えもののほうはそんな商人らしい格好とは違い、それぞれ剣に槍など様々だ。


「さあ、今日でこの国は終わりになります! なので、くれぐれも後悔のない選択をしてくださいね!」


そう叫んだリマーザは、城壁の上から飛び降りた。


このままでは地面に落下して潰れるのが目に見えていたが、彼女は全身から炎を放ってゆっくりと着地する。


その落下中に、リマーザの右の肩にある刺青――ひび割れた太陽と月のタトゥーは光を放っていた。


「来たぞ、皆の者! 全員、陣形を組んで迎撃態勢に入れ!」


マルジャーナは、イザットを含めた兵士たちや民らに向かって声を張り上げた。


それから彼女は、駆け足でワヒーダとアシュレのところへとまで走る。


「アシュレは私とここにいろ。それとワヒーダは……奴を頼む!」


「ああ、任せろって言ったでしょ。あの女はあたしがやる!」


そして互いに黙ったまま頷き合うと、ワヒーダは王宮に設置された防柵をよじ登り、そのまま出ていった。


アシュレは、去っていく彼女を背中を一瞥いちべつすると、次に自分の手のひらを見つめた。


ついに戦争が始まった。


やれること、考えられることはすべてやった。


だが、この胸騒ぎはなんだろう?


「いつまでそうしているつもりだ、アシュレ! 不安なのはわかるが、ここまで来たらもう覚悟を決めろ!」


「う、うん。そうだよね」


マルジャーナの発破はっぱをかけられたアシュレは、止まらない胸騒ぎを無理やり抑え込み、彼女と庭の中心へと向かった。

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