#49

両目を見開いているリマーザに、アシュレは言葉を続けた。


自分のしたことを償うのだと。


罪を償うまでベナトナシュ国のために、生きている限り尽くすのだと。


「みんなはあなたを許さないかもしれない。だけど、それでもあなたは生きてマルジャーナの守ったこの国のために生きなきゃ」


涙目で言ったアシュレ。


その震えながらも意志の強さを感じさせる声は、マルジャーナとイザットの命を奪う原因を作った彼女を恨みつつも、“善い”選択をしたいという彼女の想いが感じられた。


ワヒーダはそんなアシュレの頭を撫でると、彼女から取ったマルジャーナの剣を強く握り、リマーザに言う。


「だそうだよ、リマーザ。良くも悪くもあんたにはまだやることがある。死ぬにはまだ早かったみたいね。さあ、大人しくこの子に言うことを聞くんだ」


もはやリマーザから戦意が感じられなかったワヒーダだったが、まだ油断はしていなかった。


それは彼女が己の敗北を知って我に返り、自暴自棄になって攻撃を開始する可能性もあったからだ。


それとリマーザが死にかけていたときに口にしていた“まだやることがある”というのには、おそらく再び術式をほどこすことだと容易に想像できる。


しかし、今や術式が解けたことで精霊の声が聞こえ、アシュレの魔法の力は戻っている。


そして、もちろん自分も全力で彼女を守る。


いくらリマーザが武装商団アルコムへの忠誠心が高いとはいっても、こうなっては勝ち目はないことは明白だ。


そこまで考えが回らない人物ではないはず――と、ワヒーダは祈るような想いで、リマーザに声をかけたのだった。


「くくく……。確かに、もう私に勝ち目はなさそうです」


「ならッ!」


アシュレが声を張り上げたのと同時に、リマーザの全身を炎が包み込んだ。


彼女の右肩にある右の肩にひび割れた太陽と月の刺青が輝き始め、凄まじい勢いで燃え上がっていく。


ワヒーダは慌ててアシュレを自分の後ろに下がらせると、剣を構えながらリマーザに向かって叫ぶ。


「ちょっとあんたまだやる気なの!? あたしらもできる限りのことはするから、もうやめなよ!」


リマーザは笑みを浮かべながら答えず、ワヒーダとアシュレ二人を見つめていた。


それは実に穏やかなもので、まるで愛する人に抱かれているかのような満たさせた顔になっていた。


すると、どういうわけか。


リマーザの放っている炎が、彼女の体を焼き始めていた。


炎はリマーザの肌を焦がし、全身がケロイド状態になっていく。


「自分でまだやることがあるって言ってたくせに、あんた死ぬ気ッ!?」


「ダメだよ! 死んじゃダメッ!」


アシュレは燃えていくリマーザに向かって手をかざした。


光が放たれ、それが水へと変わったが、リマーザを焼いている炎は消せなかった。


それどころか勢いはさらに増して、彼女の皮膚が燃え尽きて骨まで見え始めていた。


「この国で……あなたたちに会ったのも……きっとあの方のお導き……」


「なにを言ってるの!? いいから早く炎をとめてッ!」


「きっとこれから知ることになるでしょう。自分たちが……だと」


「ワヒーダどうしよう!? このままじゃ死んじゃうよ!」


アシュレに叫ばれてもワヒーダには何もできなかった。


精霊の力を借りた魔法でも炎を消せないのだ。


そんな超常的な力を持たないワヒーダでは、この事態を止めることなどできやしない。


「私は……幸せでした……よ、団長……。私……人柱となって……あなたのことを待っています……」


「リマーザァァァッ!」


ワヒーダは炎に飛び込もうとしたアシュレの体を掴み、そして笑顔で燃えていくリマーザを見つめていた。


やがて彼女の顔も体も骨だけとなり、その骨も灰へと変わると、炎は消えて空へと舞い上がっていった。


舞い上がった灰はベナトナシュ国中に降り注ぎ、両膝をついていたアシュレは、それを見上げながら涙を流していた。


「どうして……どうして死ぬ必要があったんだよぉ……。生きられる命だったのにぃ……僕はこれからあなたの話しを聞いて、やり直すのを手伝いたいと思ってたのにぃ……」


ワヒーダには、アシュレがどうしてここまで敵だったリマーザに慈悲深いのかがわからなかった。


だが、すぐに彼女は気が付いた。


白い髪の少女の倫理観と道徳観は、マルジャーナ·ベナトナシュによって育まれていたことを。


ワヒーダは独り言を呟き続けるアシュレに、言葉をかけることができなかった。


ただ地面に這いつくばるように俯く彼女に寄り添い、その体に触れるだけだった。


泣いている子の涙一つ止められない。


そんな無力感を味わいながらワヒーダは思う。


マルジャーナはアシュレに多くのことを教えてくれた。


それは自分には教えられないことばかりだ。


文字の読み書きや数字の計算だけではなく、一般教養からアシュレが興味を持ったことも書庫にある本から学べせてくれた。


なによりもマルジャーナは、アシュレに生命の尊さとその脆さを、自分の命を使って教えてくれたのだ。


ワヒーダは、マルジャーナを頼って良かったと、心の中で彼女に礼を言った。


アシュレを助けてくれてありがとう。


そして、こんな自分にずっと優しくしてくれてありがとうと……。


「もうあんたには……会えないんだね……」


アシュレを抱きしめながら、ワヒーダもまたマルジャーナを想って泣いてしまっていた。

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