#50

――武装商団アルコムの襲撃から一週間後。


ワヒーダとアシュレは、ベナトナシュ国で復興作業を手伝っていた。


住民たちや兵士たちが一丸となって取り組んだことや、王宮にため込んでいた資材や食料品などもあって作業は順調に進み、三日ほどでほぼ以前の姿を取り戻した。


その間、ベナトナシュ国で生き残った者すべてを集め、女王マルジャーナ·ベナトナシュの葬儀が行われた。


復興中というのもあって質素でささやかな式とはなったが、派手なことが好みではなかったマルジャーナにとってはそのくらいのほうが喜ぶと、ワヒーダとアシュレは言葉を交わし合っていた。


女王であったマルジャーナを失ったベナトナシュ国は、その後、各分野の代表者が互いに意見を出し合って治める共和制にすることを決めた。


もちろん主の姓であるベナトナシュの名は残しつつ、これからはベナトナシュ共和国として、皆で力を合わせて生きていくことを宣言した。


ベナトナシュに生きる者たちは、マルジャーナの死に打ちのめされつつも、彼女の意志を継いで国を守っていくのだと誰もが覇気を発している。


そしてマルジャーナが大事にしていた客人で、今回の戦争での功労者であるワヒーダとアシュレは、ベナトナシュ国に残ってほしいと住民たちから頼まれた。


住民たちは具体的に二人が何をしたのかを知らなかったが、武装商団アルコムの幹部であるリマーザ·マウトと直接戦った彼女たちに、ぜひ国の代表者として残ってもらいたかったのだ。


だが、ワヒーダはこの話を断った。


生まれてからずっと根無し草だった彼女からすれば、破格の大出世だったというのに。


これから新しくなるベナトナシュ共和国の貴族の立場になれるかもしれないというのに、ワヒーダはその地位を捨てたのだった。


その理由は、彼女には政治の知識が皆無だというのもあったが(それは残っている住民たちも同じだが)。


何よりもワヒーダには、旅を続けたい理由があった。


それはもちろんアシュレのためだ。


アシュレはベナトナシュ国の文化や住む人間のことは気に入っていたが、マルジャーナから学んでいるうちに、多文化へ興味を持つようになっていた。


これまですべて精霊から知識を得ていた彼女にとって、ベナトナシュ国での人とのふれ合いや様々な書物を読んだことが刺激になったのだろう。


他の国や知らない土地にも足を運び、そこで人が何を感じてどう暮らしているのかを知る。


さらには文化や政治、宗教や芸術に触れることで、今自分の中にある小さな“善し悪し”の基準を誰にでも伝わるようなものにしたいと、アシュレは考えていたのだ。


彼女の考えは、ワヒーダにとっても望むところだった。


この砂の大陸サハラーウ中を戦い回っていた彼女でも、誰にでも伝わる“善し悪し”の基準などわからない。


だからこそ“善い”生き方をするために、ワヒーダもアシュレと共に学ぶ必要がある。


あと、それだけではない。


もっと重要なことがある。


ワヒーダは白い髪の少女のためにも、彼女のルーツと思われる魔法の一族のことも、引き続き調べなければいけなかった。


頼りにしていたマルジャーナは魔法の一族については知らなかったが、ベナトナシュ国へ来たことで、足掛かりになりそうな情報は手に入れることができた。


それは今回の騒動で戦ったリマーザ·マウトの所属する組織――武装商団アルコムだ。


リマーザが使っていた炎の魔法や凄まじい力を持った術式など、形は違えどアシュレが持つ精霊魔法に近いところがある。


ワヒーダは、面倒事や争いはアシュレが傍にいる限りごめんだが、なんとかして武装商団に接近し、魔法の情報を得ようと考えていた。


マルジャーナが生きていたときと同じく、ベナトナシュ国を拠点にして調べ回ることもできたが、彼女はその道を選ばなかった。


それは先に述べている理由からわかる通り、なによりもアシュレが他の国や場所に行きたがっている――そうなのだからついて行くしかない。


「靴、新しいのもらわなかったの?」


ベナトナシュ国の皆と別れの挨拶をした後――。


ワヒーダは城門を出たときに気が付いた。


アシュレは新しい服や旅用にフード付きのマントを渡されたが、靴は古いままだったことだ。


これから長い旅が始まるのだし、そんなボロボロの靴ではすぐに穴が空いてしまう。


それなのにどうして?


ワヒーダはつまらないこだわりでもあるのかと思いながら、今履いている靴も変えてもらえばよかったのにと言った。


するとアシュレはムッと顔をしかめ、不機嫌そうに早足になった。


一体何に怒っているんだと、ワヒーダは先を歩く少女の背中を見ていると、彼女は答える。


「この靴はワヒーダが作ってくれたんだよ。なのに、捨てれるはずないじゃん……」


ワヒーダはそんな理由かと呆れてしまったが、まあ靴は新しいものよりも慣れているもののほうが歩きやすいかと、アシュレの後を追いかけた。


思えばマルジャーナが彼女のために用意した綺麗な服に着替えたときも、靴だけはこのままだった。


ワヒーダから見ればボロ靴でも、アシュレとっては生まれて初めて他人からもらったものだったのだろうことは想像がつく。


「悪かったよ、アシュレ。謝るからもっとゆっくり歩こう」


後ろから声をかけたが、アシュレは返事することなくズカズカと大股で進んでいく。


まいったなこりゃと、ワヒーダは彼女に悪いと思いながらも、こういうところは子どもっぽいと苦笑いをするしかなかった。


それから会話もなく二人は砂漠を歩き、ベナトナシュ国からかなり離れた地域に入っていった。


ワヒーダはアシュレと話したことが多くあった。


あのとき――リマーザとの戦いでみせた、彼女がマルジャーナの持つ髪と瞳の色に変わったことや、その後にマルジャーナの天才的な剣技まで使えるようになった理由。


他にも今マルジャーナの声は聞こえているのかなど、死んだ人間の特徴や能力を使用できたことについて訊きたかった。


ベナトナシュ国にいるときは時間が取れず、出発した後に話を聞こうとしたのが間違いだったなと、ワヒーダはまだ怒っているであろうアシュレの背中を見てため息をつく。


「そろそろ休もうか? ここら辺は魔物も出るし、野盗もいるらしいから、いつでも対応できるようにしておこう」


ワヒーダはアシュレの息が上がっていたことに気が付き、休憩しようと声をかけた。


ハシャル村を出たときよりは体力がついたとはいえ、アシュレはまだ子どもだ。


無理して翌日に疲れを残すよりは、休み休み進んだほうがいいだろう。


そう判断した上での提案だったのだが、アシュレが返事をすることはなかった。


このまま険悪な空気のままだと旅に支障が出るなと、ワヒーダがどうすればアシュレの機嫌が直るか考えていると、少女はピタリと足を止めた。


「武器を持った人たちがこっちに向かってきてる」


「早速おいでなすったね。さてとアシュレ、連中はあたしが相手するからあんたは下がってな」


ワヒーダがアシュレの姿を隠すように前へ出ると、少女は被っていたフードを脱いで彼女と並んだ。


そして、ワヒーダを見上げながらその口を開いた。


「一緒に、だよ。これからはなんでも二人でやる」


「なんでも二人でって、あんたねぇ……」


「今僕が決めたから、文句があるならあの人たちを追い払ってからね」


アシュレはそう言うと、両目を瞑ってブツブツと独り言を口にし始めていた。


おそらくは精霊たちか、もしかしたらマルジャーナに語り掛け、力を借りようとしているのだ。


ワヒーダはそんな白い髪の少女を見て笑うと、ヘイヘイと卑屈な態度をワザとしてマルジャーナが使っていた剣を構える。


そんな二人の前方では、ラクダではなく馬に乗った髭面の男たちが、意気揚々と彼女たちに向かってきていた。


アシュレの足元から光が輝き始めると、それを見たワヒーダは、もう大分離れたベナトナシュ国まで聞こえるかという大きな声でこう叫んだ。


「来るな、ハイエナども! じゃないと世の中には怒らせちゃいけない相手がいるってことを、これから知ることになるよ!」


〈了〉

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鉄腕女と精霊少女の冒険記~砂漠にある七つの小国~ コラム @oto_no_oto

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