#19
ワヒーダの言葉を聞いたマルジャーナは、先ほどの緩んだ表情が嘘のように真剣な顔へと変わった。
それから彼女は侍女たちに声をかけ、しばらく自分たちだけにしてほしいと部屋から出るように言った。
「その白い髪の少女のことだな。なんでも話してくれ。私にできることなら力になる」
マルジャーナは、ワヒーダの言いたいことをある程度は察しているようだった。
さすがは一国の女王といったところか。
今まで見せていたふざけた態度やワヒーダへの好意は本物であっても、こちらが本来の彼女だろうと思わせるに、十分な
それは、基本的に他人を見下すところがあるアシュレさえも舌を巻くほどだった。
「そう言ってくれて助かるよ。じゃあ、話をさせてもらうね。っていっても、まだあたしもわからないことだらけなんだけど」
マルジャーナの態度にホッと胸を撫で下ろしたワヒーダは、彼女のもとに来た理由を話し始めた。
まずはとある仕事で、ハシャルというどこにでもある知られていない村で牢番を頼まれたこと――。
そこで出会った白い髪の少女――アシュレと村での出来事を順を追って説明した。
当然アシュレが魔法を使えることも伝え、彼女が聞こえるという精霊の声や、その影響で砂漠に現れた湖や悪夢、奇形になった家畜などのことも教えた。
普段のがさつさからは考えられない丁寧な説明をしたワヒーダ。
アシュレはそれを静かに聞いていたが、こんな話はとても信じてもらえないだろう思っていた。
それは実際に見たり体験しないとわからないことだと(見ても信じられないかもしれない)、彼女は村人たちやワヒーダが来る前に牢番をやっていた傭兵らの態度から知っていた。
きっとマルジャーナの反応も、呆れるか微笑を浮かべるかだろうと、アシュレは思い込んでいたのだが――。
「信じられない話だけどね。でも、あんたなら聞いてもらえると――」
「皆まで言うな、ワヒーダ、私は信じるぞ」
マルジャーナはワヒーダの話したことを受け入れた。
それは、相手に不快感を与えないようにと気を遣ったものではないことは、彼女の表情から伝わってくる態度と声色だった。
これにはさすがのアシュレがまたも驚かされたが、ワヒーダのほうはクスッと笑みを浮かべていた。
その笑顔からは「あんたならそう言ってくれるとわかってた」とでも思っていそうだ。
そしてカップを手に取り、一口お茶を飲んだマルジャーナは、ワヒーダに向かって言う。
「では、私に頼みたいのは情報収集といったところだな。任せておけ。うちには優秀な者たちがいる」
「いや、このことはあんただから話したんだ。たとえあんたが信用してるヤツでも言わないでほしい」
「そう……だな。失敬した。うむ。安心してくれ。その少女について誰にも話さないことを、私の誇りとお前への愛に誓う」
「誇りはまだしも愛ってなんだよ、愛って……。頼むから他のもんにして……」
ワヒーダが苦い顔を返したが、マルジャーナはコクコクと一人頷き、実に満足そうにしている。
もはやワヒーダが嫌がっていることなど、彼女の目にも耳にも入っていないようだった。
「しかし嬉しいぞ、私は。たとえどんな理由であろうと、お前が私のことを頼ってきてくれたのだからな。しかも、魔法なんてとんでもない秘密を打ち明けてくれて」
「ま、まあ……あたしが信用してるのはあんたとハディーのオッサンくらいしかいないからね! それに頭の悪いあたしと違って、あんたならこの子にいろいろ教えてやれると思ったしッ!」
「ハディー殿と私だけか……。くぅぅぅッ! 感無量ッ!」
マルジャーナは頬を赤く染め、顔をそらしながら言ったワヒーダから目を離さず、瞳を潤ませていた。
さらにはその身をプルプルと震わせ、感動で声も出ないといった様子だった。
照れているワヒーダと、涙ぐんで喜んでいるマルジャーナ。
そんな二人を交互に見たアシュレは小首を傾げ、二人の関係がさらによくわからなくなっていた。
しかし、ワヒーダが彼女を信用できると言っていたのは理解できた。
なにせマルジャーナは、魔法などというおとぎ話に出てくるようなものを、間髪入れずに信じると言ったのだ。
それは、相手がワヒーダだというのもあったのだろうが。
そのマルジャーナの誠実な態度からは、彼女の人の良さがにじみ出ている。
アシュレはまだ他人の心の
元々ワヒーダのような、他人を疑ってかかる人間が信用できると言っていたのだ。
そのような人物に裏の顔などはないだろうと、アシュレはひとりで納得してコクコクと頷く。
「よし! では今日からお前たちもここに住むといい。なあに、部屋ならいくらでもあるから安心しろ」
「いやいいよ。あたしらは町で宿取るから」
「な、なぜだ!? ここなら宿代も食事代もいらないんだぞ!? それどころか大浴場もあるんだ!? 町の宿では水浴びくらいしかできんだろう!?」
マルジャーナは慌てふためき、その綺麗な顔が絶望の色に染まっていった。
彼女はまるでこの世の終わりかのように狼狽え、ワヒーダにすがりつくように言う。
「それに私はお前と同じベットで眠るつもりだったのに町の宿屋を使うなんていわれたら、このやり場のない気持ちをどうすればいいというのだッ!?」
ワヒーダは露骨に嫌な顔をして、「はいはい」と受け流していた。
アシュレはそんな二人のやり取りを見て、「やっぱり仲良くはないのかな?」とまた小首を傾げてしまっていた。
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