第25話 大地の記憶

 転送門を潜り抜けたそこは、少なくとも見かけは普通の街だった。その景観は王都にも近しく、背の高い建物が、デザイン的に整備された石畳の通りに沿って並んでいる。武装した冒険者の集団が少々刺激的な空気を発してこそいるが、それはそれ。

 住民には過度に大きな混乱もないようで、衛兵の指示によって粛々と避難が進んでいるし、あるいは呑気に道端で駄弁っている人影すら見受けられる。


「君たち、冒険者か? 階級は?」


 と、避難誘導にあたっていた衛兵が義務的に声をかけてくる。


「はい。一級冒険者、チセ・ウェスタです」

「六級冒険者、マリー・アーシャ・オルチェスカです」

「アルルカ・ドルスだ。ワタシって、何級なんだっけ?」

「階級なし」

「えー……」


 衛兵は兜の中で小さく笑った。


「なかなかの凸凹三人組って感じだな。しかし、一級冒険者がリーダーなら、伝えておいてもいいだろう」

「リーダーはワタシだが?」

「いや、私だけど。話をややこしくしないで」

「魔物たちだが、どうも西に未発見のダンジョンがあるようだ。厳密には西から来ていることしかわかっていないんだが、そうでもないと説明がつかない湧き具合でな。街の防衛をしてくれるのでも助かるが、よければ西に向かってみてくれないか? 根源を絶たないとどうしようもない」

「留意しておきます。ありがとう」

「こちらこそ。健闘を祈る」


「未発見のダンジョン……ということは、お宝だね!? 行こう!」

「……まあ、そうね。実際問題、本当にダンジョンが原因なら、核になっている魔物を倒して、ダンジョンを鎮静化するしかないわね。でも、お宝は二の次よ」

「あの……不勉強で申し訳ありません。わたくし、ダンジョンについてはあまり知識がなくて」

「ああ。マリーはついこの間まで一般人だったんだから、無理もないわ。向かいながら説明しましょう」


 チセはポーチから何やら四足の生き物を象った置物を取り出すと、それなりの魔力を込めてから地面に放る。


「霊馬ヘンウィンよ、その姿を現せ」


 すると置物から立ち上った青白い煙は、瞬く間にその生き物の形となって、アルルカたちを見下ろすほどに大きくなった。半透明の身体ながら、触れてみるとしっかりとした触感があり、血の通いすら感じられる。


「これは、ユニコーンですか?」

「そんなところね。角のないユニコーン、翼のないペガサス。陸上のケルピー」

「どちらかといえば、その大本のウマという生き物だろう。少なくともこの大陸では、絶滅して久しいが」

「ああ、そういえば、あなた自然物には知識が利くんだったわね。……さて。私は操縦の必要があるから、真ん中に座るわ。あとは二人が私の前か後ろかだけど……そうね。アルルカが後ろで」

「構わないけど。何か変わるのか?」

「バランスを崩したとき私が面倒を見れないから、そのまま落ちるわ。あと、たぶん乗り心地がよくない」

「さんざんじゃないか! だが、マリーが落ちたら大事だし……いいよ、それで」

「すみません、アルルカさん。その、帰りはわたくしが後ろに」

「いいってば」


 先に馬上にまたがったチセの手を借りて、マリーはチセの前に抱え込まれるようにして、アルルカはチセの腰をぎゅっと抱きしめて、後ろに座る。


「行くわよ」


 物珍しそうにこちらを見上げてくる視線を避けながら、馬は街を西に抜けるべく、通りの真ん中を歩いていく。確かに徒歩より幾分速いが、別に落ちるというほどの激しさではなかった。……揺れることは揺れるが。


「それで、ダンジョンの話だけど。そもそもダンジョンっていうのは、この大地の上で育まれた概念だとか記憶だとか……そういうものが、魔力によって形を持った、魔法産物よ」

「その区分けで言えば、魔物や精霊と同じだな」

「はい。そして、ダンジョンはそれが有する概念に従って魔物や物品を生み出す、ですよね?」

「そうね」

「だからダンジョンは魔物の巣であり、地上では見られない宝物の山でもある!」


 アルルカが「宝物」の部分で大きく手を振り上げつつ冒険者的にまとめる。


「……基本的に、ダンジョンは地下深くに存在する『核』から地上に向かって成長していくわ。そして先端が地上に到達したとき、人間に発見される。多くの場合、ダンジョンの中で生み出され続けてきた魔物の群れが溢れ出し、地上に侵攻するという形でね」


「その、『核』というのが、先ほどおっしゃっていた……」


「ええ。要するに、そのダンジョンを構成する概念の『核』ね。ひと際強力な魔物に変成しているけれど、その『核』さえ討伐できれば、ダンジョン全体の成長は滞る。魔物を生産する速度も格段に遅くなる」


「わたくしたちに、倒せるんでしょうか?」


「無理かもしれないわね。それなら、ダンジョン内で暴れるのが次善の策。単純に魔物の注意が目先のこちらに向くというのがひとつ。ダンジョンは傷ついた内部の修復に時間を使い始めて、やはり魔物の生産速度を落とせるというのがひとつ」


 指折り数えてから、チセはひらひらと手を振る。


「なんにせよ、まずダンジョンに入らないと、魔物はほぼ無限に発生し続けるわ」

「……なるほど。冒険者のみなさんがダンジョンを攻略することで、わたくしたちを魔物の脅威から遠ざけてくれていたのですね」

「まあ、たいていの冒険者たちは稼ぎ目当てでしょうけどね」


 と、そこで馬上の一行は、ようやく街の外れにたどり着いた。

 目の前は背の低い植物が鮮やかな平原になっていて、ずっと遠くで戦闘中らしき魔法の応酬が繰り広げられているのも見える。


「街を抜けたわね。走るわよ。気を付けて」


 チセが馬の横腹を蹴ると、馬は弾かれたように走り出した。これまでとは比べようもない、風を切り裂くような速度で馬は草原を駆けていく。


「あががががが」

「こ、これは……なかなか、揺れますね。大丈夫ですか、アルルカさん?」

「あががががが」

「あっ、これアルルカさんの声なんですか!?」


 思わずマリーが振り返ると、アルルカは上下に激しく揺れながら必死にチセにしがみついている。


「慣れないうちはあんまり喋らないほうがいいわ。それで、話の続きだけど」

「ち、チセさん! すみません、後で! 後でお願いします! いまはちょっと!」

「そう? 仕方ないわね。それじゃもう少し飛ばすわ」

「えっ!?」


 二人の悲鳴は平原を割り、魔物の群れを割り、遥か西まで続いていく。

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